第4章 シグナルとコンテキスト
4-1 セグメントデータとコンテキストの違い
企業について集められる情報は、性質の異なる2種類に分けられる。
1つはセグメントデータである。業種、従業員数、売上規模、所在地、上場区分、設立年。企業データベースに載っている属性情報であり、どの企業にも同じ項目があり、値は年に数回しか変わらない。用途は「誰に」を絞ることである。従業員300人以上の製造業、関西に本社がある情報通信業、というように、条件で切り出して対象の集合を作る。
もう1つはコンテキストコンテキストその顧客が今どんな状況にあり、なぜそれを求めているのかを説明するための情報。業種や規模と違い一社ごと・一人ごとに異なり、シグナル・自社接点・購買グループを組み合わせて組み立てる。用語集で見る →である。その企業が今、何に取り組み、何に困り、何を決めようとしているか。新工場を建てている、海外子会社を統合している、特定の職種を大量に採用している、担当役員が交代した。項目は企業ごとに異なり、値は数か月で変わる。一社一社の文脈であり、個社を理解するための情報である。
この2つは、使われ方が違う。セグメントデータは絞り込みに使い、コンテキストは「なぜ今、この会社に」を説明するのに使う。第1章で述べたWhy You NowWhy You Now「なぜ貴社に(Why You)」「なぜ今(Why Now)」「なぜ私たちが(Why Us)」の3つの問いへの答え。データから導かれる接触の根拠であり、営業を動かすのはリードの数やスコアではなくこの理由である。用語集で見る →の3要素のうち、課題・ニーズとタイミングは、コンテキストからしか読み取れない。
従来、コンテキストは営業が個別に調べて頭の中に持っていた。データベースには入らず、組織で共有されず、担当者が変わると失われた。この状況が変わったのは、AIが文章を読んで要点を取り出せるようになったからである。ClayClay企業やパーソンについて外にある情報を集め、AIで判断し、文面を作り、MA・SFAに書き戻す、営業・マーケティング向けのデータ処理ツール。画面は表計算ソフトに似ており、1行が1社または1人、1列が1つの問いに対応する。米国のClay Labs社が提供する。用語集で見る →は、コンテキストを企業ごとに集め、構造化し、MAMAマーケティングオートメーションマーケティングの実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →・SFASFAセールスフォースオートメーション営業の実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →に残す道具になる。当社がGTMGTMGo-To-Market製品・サービスを市場に届けて収益化するまでの一連の設計。日本語圏では Google Tag Manager と略称が重なるため、文脈に注意が要る。用語集で見る →の7工程の中で「05 コンテキスト」を独立した工程として置いているのは、この作業が従来の企業データの整備とは別の設計を必要とするからである。
4-2 シグナルの種類
コンテキストは、相手の社内で起きていることである。外からそれを直接見ることはできないが、社内で何かが起きると、外に出てくる情報がある。本書ではそれをシグナルシグナル顧客企業に起きた変化を示す情報。経営方針・組織・キーパーソン・採用・投資と業績・事業・導入ツールと体制・外部環境の変化があり、多くは公開されている情報から得られる。用語集で見る →と呼ぶ。BtoBで使うシグナルの主な種類と、何が読み取れるかを整理する。
採用
どの部門で、どの職種を、何人募集しているか。採用は、人を増やして何かをしようとしている部門を示す。品質管理の募集が増えれば生産拡大か品質問題、情報システム部門でクラウドの経験者を募集していれば基盤の更新、海外営業の募集なら海外展開が読める。日本企業の場合、自社サイトより求人媒体に先に出ることが多い。
中期経営計画・統合報告書
上場企業であれば、3〜5年の重点領域、投資計画、KPIKGI/KPIKey Goal Indicator/Key Performance IndicatorKGIは達成すべき最終目標、KPIはその達成度を測る中間指標。単価と歩留まりが揃うと、積み上げの願望から逆算の設計に変わる。用語集で見る →が文書で公開されている。どの事業に資源を集めるか、何を課題と認識しているかが、企業自身の言葉で書かれている。提案の文面に相手の計画の用語をそのまま使えるため、Why You Nowの「課題・ニーズ」を示す根拠として使いやすい。
人事異動・役員交代
新しい責任者は、就任後に方針を見直すことが多い。特に、外部から来た役員、新設部門の責任者は、新しい取引先を探す側にいる。適時開示、ニュースリリース、業界紙に出る。
拠点開設・設備投資
新工場、新オフィス、物流拠点、海外拠点。開設の時期が決まっているため、タイミングが明確なシグナルである。設備、人員、システム、サービスの需要が開設前に発生する。
Webサイトの更新
新製品・新サービスのページ公開、事業内容の記述の変更、採用ページの刷新、導入事例の追加。事業の方向を変えたときに、サイトは最初に変わる。
イベント出展・登壇
展示会への出展、カンファレンスでの登壇。何を売ろうとしているか、何を課題として語っているかが分かる。
資金調達・提携・買収
スタートアップであれば資金調達、大企業であれば提携や買収。資金と体制が変わった直後は、新しい投資が動く。
これらのうち、人事異動(転職・昇進)、採用(新規採用・求人掲載)、ニュースと資金調達は、Clayが標準機能のSignalsとして監視の仕組みを用意している。ただし、転職・昇進・新規採用の検知はLinkedInのプロフィール情報に依存するため、日本企業では取得率が低い。求人掲載とニュースは、日本企業でも使える場合がある。中期経営計画、拠点開設・設備投資、Webサイトの更新、イベント出展は標準のSignalsにはなく、ClaygentClaygentクレイジェントClayの機能の一つで、利用者が書いたプロンプト(自然文の指示)に対して、Webサイトを読んで答えを返すAIエージェント。データベンダーには載っていない「この企業が今何に取り組んでいるか」を企業ごとに調べ、根拠となるURLも返す。用語集で見る →に問いを立てて定期的に調べる。どちらで取るかは、第5章5-6と第6章6-2で決める。
これらのシグナルは、種類によって出てくる場所が違う。Claygentに問いを立てる際は、「求人媒体を含めて調べる」「適時開示とニュースリリースを優先する」というように、読む場所を指定する。第3章の3-6で述べた日本企業の公開情報の形は、ここで必要になる。
4-3 シグナルをBecause3要素に変換する
シグナルは、それ自体は事実である。「A社が品質管理担当者を5名募集している」は事実だが、そのままでは提案の理由にならない。事実を、Why You Nowの3要素のどれに当たるかに置き換えて、初めて文面に使える。
例を挙げる。
| シグナル(事実) | 課題・ニーズ | タイミング | 提案できる要素 |
|---|---|---|---|
| 新工場を2027年4月に稼働予定と発表 | 立ち上げ時の生産体制・検査体制の整備 | 稼働の半年前が設備・システムの決定時期 | 検査工程の自動化、立ち上げ支援 |
| 情報システム部門でクラウド基盤の経験者を募集 | 基盤の更新・移行を計画している | 採用が動いている今は計画中 | 移行の設計支援、運用の外部委託 |
| 中期経営計画で「海外売上比率を40%へ」と明記 | 海外市場での顧客開拓 | 計画初年度 | 海外向けの販売支援、現地データの整備 |
| マーケティング部門の責任者が外部から就任 | 既存の施策・ツールの見直し | 就任後3〜6か月 | 現状診断、ツールの再選定 |
この変換は、業種や商材によって答えが変わる。同じ「新工場の稼働」というシグナルでも、検査装置を売る会社と、人材を紹介する会社と、物流を請け負う会社では、課題・ニーズの読み方と提案できる要素が違う。したがって、変換のルールは自社ごとに作る。「自社の商材にとって、どのシグナルが、どの課題を示し、何を提案できるか」の対応表対応表自社の商材にとって、どのシグナルが、どの課題を示し、何を提案できるかを定めた表。シグナル(事実)をWhy You Nowの3要素(課題・ニーズ、タイミング、提案できる要素)に置き換えるルールであり、業種や商材で答えが変わるため自社ごとに作る。Clayの判定と文面生成はこれに従って動かす。用語集で見る →を先に作っておき、Clayの判定列と文面生成列は、その対応表に従って動かす。
対応表がないまま文面を生成させると、シグナルを並べただけの連絡になる。「貴社が新工場を建設されると拝見しました」で終わる文面は、調べたことは伝わるが、なぜ連絡したかが伝わらない。「新工場の立ち上げでは検査体制の整備が課題になりやすく、弊社は同業の立ち上げを3件支援しています」まで書けて、初めて相手が読む理由になる。
4-4 4つのデータソースと、Clayが取りに行く範囲
Why You Nowを組み立てるための情報は、4つの場所にある。既刊のNEXT CRM Playbookで整理した「4つのデータソース」である。
- MA・SFAの蓄積データ:自社との接点接点タッチポイント顧客と自社の間で起きる相互作用のすべて。マーケティング接点・営業接点・カスタマーサクセス接点・パートナー接点があり、商談も接点の一つである。用語集で見る →の履歴。資料請求、セミナー参加、過去の商談、失注理由
- データベンダーデータベンダー企業・パーソンの属性情報(業種、規模、所在地、法人番号、役職、連絡先など)を持ち、提供する事業者。得意な地域・業種・企業規模がそれぞれ異なる。Clayは情報そのものを持たず、複数のベンダーから取り出して組み合わせる。用語集で見る →の企業情報:セグメントデータ。業種、規模、所在地、法人番号法人番号国税庁が全法人に付番する13桁の番号。企業の名寄せに使える公的キー。用語集で見る →、グループ関係
- Web上の公開情報:シグナルの大半はここにある。自社サイト、IR、求人媒体、ニュース、業界紙
- 会話・商談の記録:営業が聞いた話、議事録、通話記録、メールのやり取り
Clayが主に取りに行くのは、2と3である。2はウォーターフォールウォーターフォールWaterfall1つの問いに対して、複数のデータベンダーを順番に当てるデータ取得の方式。最初のベンダーで答えが見つかればそこで止まり、見つからなければ次へ進む。単一のベンダーより取得率が上がり、見つかった時点で止まるため後続のベンダーの利用料もかからない。用語集で見る →で、3はClaygentで取る。1はMA・SFAからClayに読み込む入力であり、4は商談記録がSFAに残っていればそれを読み込んで判定に使える。
この4つが揃うと、企業の見え方が変わる。1だけでは「以前に資料請求があった会社」、2が加わると「従業員500人の製造業で、以前に資料請求があった会社」、3が加わると「新工場を建設中で、品質管理を採用していて、以前に資料請求があった会社」、4が加わると「2年前の商談では予算の都合で見送ったが、新工場の建設で状況が変わった会社」になる。最後の見え方になって、営業は何を話せばよいかが分かる。
4-5 知る、理解する、提案できる、まで持っていく
シグナルを1つ見つけただけでは、提案にならない。
「A社が品質管理を5名募集している」は、知った状態である。そこに「A社は2027年4月に新工場を稼働させる」「A社の中期経営計画では品質を重点課題としている」「A社とは2年前に商談があり、予算で見送られた」が加わると、理解した状態になる。採用の理由が新工場の立ち上げであり、品質は経営課題であり、過去に自社を検討したことがある、という関係が分かる。ここまで来て、「新工場の立ち上げに向けた検査体制について、2年前の提案を現状に合わせて更新したい」という提案ができる。
Clayの列の積み上げは、この3つの状態を順に作る作業である。シグナルの列が「知る」を、複数のシグナルと属性と接点履歴を合わせた判定の列が「理解する」を、対応表に従った文面の列が「提案できる」を作る。第3章で、列を足す順番が設計の順番になると述べたのは、この意味である。
「知る」で止まった文面と、「提案できる」まで来た文面では、返信率が変わる。前者は相手にとって情報の確認であり、後者は相手の仕事に関係する提案である。Clayを入れたのに成果が出ない、という場合の多くは、シグナルの取得までで列が止まっていて、理解と提案の列がない。
次章では、ここまでの構造を使って、Clayで何をつくるかをユースケースとして示す。

