第5章 購買グループを捉える ―― 顧客内の関係性を可視化する
第4章で、CRMCRMCustomer Relationship Management顧客との関係と取引履歴を管理する仕組み。GTMの4レイヤーでは、SFA・MAと並ぶ業務アプリケーション層に位置づけられる。用語集で見る →のデータ構造の中心に購買グループ購買グループユニット企業内部にある検討の単位。所属と行動の同一性から認定する。BtoBの購買は一人では決まらないため、リードではなくこの単位で捉える。用語集で見る →を置いた。BtoBの購買は一人では決まらない。複数の人物が、それぞれの立場と関心を持って一つの検討に関わる。その集まりを捉えなければ、意思決定の場には届かない。本章では、購買グループとは何か、CRMでどう持つか、その精度をどう上げるか、そして顧客の中の関係性をどう可視化するかを述べる。BtoBで顧客との関係を管理するということは、一人の担当者との関係だけでなく、検討に関わる複数の人物それぞれとの関係を管理することである。購買グループを捉えることは、その中心にある取り組みである。
5-1. BtoBの購買は、複数の人物で行われる
BtoBの購買には、一つの検討に対して複数の人物が関わる。担当者が情報を集め、上司が方向を決め、関連部門が要件を出し、購買部門や情報システム部門が条件を審査し、決裁者が予算を承認する。誰か一人が「買う」と決めて終わることは、まずない。
「2025年度版 BtoB購買プロセス白書」は、この実態を数字で示している。購買に関わった人数は、300万円未満の購買で平均5.6人、300〜1,000万円未満で14.4人、1,000万円以上で18.3人。中央値はそれぞれ3人、5人、5人であり、典型的な案件では5人前後、大型案件では数十人規模に及ぶ。300万円未満から300万円以上に上がっただけで、平均の関与人数は5.6人から14.4人へと、2倍以上に増える。金額が一定の水準を超えると、関わる人の数は大きく跳ね上がる。
増えるのは人数だけではない。一人の担当者が関与する購買のフェーズの数も、低価格帯の2.1から中価格帯の3.1へと広がる。人数とフェーズを掛け合わせて売り手が把握すべき接点接点タッチポイント顧客と自社の間で起きる相互作用のすべて。マーケティング接点・営業接点・カスタマーサクセス接点・パートナー接点があり、商談も接点の一つである。用語集で見る →の総量を見ると、低価格帯を1としたとき、中価格帯で3.8倍、高価格帯で4.6倍になる。一人の窓口担当者との関係だけでこれを覆うことはできない。
さらに、同じ社内でも見ているものが違う。白書では、購買に関わる立場を意思決定者、意思影響者、情報収集者、推進者、実利用者の5類型に分けて聞いている。導入や切替時に重視する点は、5類型すべてで「製品・サービスの品質」が1位だが、意思決定者だけは品質を挙げる割合が45.6%と最も低く、代わりに「会社概要・会社の信頼性」が33.3%と5類型で最も高い。意思影響者は品質を58.5%が挙げる。同じ提案書が、意思決定者と意思影響者の両方に効くことは少ない。
購買グループを捉えるとは、この「複数の人物が、異なる関心を持って、一つの検討に関わっている」という事実を、データとして持つことである。
5-2. 購買グループの4つの役割
当社では、購買グループの中で人物が担う役割を4つに整理している。
着火役着火役現状への問題意識を持ち、検討の起点となる人。Webで調べ、資料をダウンロードし、ウェビナーに参加する。売り手のデータベースに最初に現れるシグナルの多くは、この役割が発している。用語集で見る →:課題に気づき、検討を始める人物。現場の担当者や、業務上の問題を最初に感じ取った人であることが多い。情報を集め、社内に問題を提起する。
旗振り役旗振り役社内をどう説得するかを考え、検討を推進する人。着火役に材料を集めさせ、自身も調べ、上に上げていく。探しているのは「社内説得の材料」。用語集で見る →:検討を社内で推進する人物。関係部門を巻き込み、要件をまとめ、稟議を通す。プロジェクトのオーナーや、課題を解決する責任を負った管理職であることが多い。
門番門番リスクはないか、要件を満たすかを審査する人。情報システム部門・法務・購買、あるいは現場の専門家として、比較情報やリスク情報を求める。用語集で見る →:条件や仕様を審査する人物。購買部門、情報システム部門、法務部門など、導入の可否を専門的な観点から判断する。自ら推進はしないが、この人物の承認がなければ検討は先に進まない。
金庫番金庫番投資に見合うかを判断し、予算を握る人。決裁者本人のことも、その右腕として判断材料を精査する人のこともある。関心は投資対効果に集中する。用語集で見る →:予算を握り、最終的な決裁を行う人物。事業部長や役員など、投資を承認する権限を持つ。検討の詳細には関与しないことも多いが、この人物が首を縦に振らなければ購買は成立しない。
白書の5類型と当社の4役割は、成り立ちの違う分類である。5類型は購買における「立場」を調査上の区分として分けたものであり、4役割は売り手が働きかける際に「誰にどう動いてもらう必要があるか」という観点で分けたものである。両者を対応させると、着火役は情報収集者、旗振り役は推進者、門番は意思影響者、金庫番は意思決定者にあたる。5類型のうち実利用者は、検討を始める立場であれば着火役に、導入後に使う立場であれば4役割の外側にいる関係者として捉える。本書では、CRMに持たせる役割として4役割を使い、白書の数値を引く際には5類型の名称をそのまま用いる。
一人の人物が複数の役割を兼ねることもある。小規模な購買では、着火役と旗振り役と金庫番が同一人物ということも珍しくない。逆に大規模な購買では、同じ役割を複数の人物が担うこともある。4役割は「4人いる」という意味ではなく、「4つの働きが揃わなければ購買は成立しない」という意味である。
5-3. 個人単位のリード管理では、何が見えないか
多くのMAMAマーケティングオートメーションマーケティングの実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →とSFASFAセールスフォースオートメーション営業の実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →は、個人単位でリードを管理している。一人ひとりに関心の度合いを示すスコアがつき、閾値を超えたら営業に渡る。この仕組みは、個人が単独で購買を決めるBtoCには合っているが、BtoBの実態とは合わない。
個人単位で見ていると、同じ企業の同じ部門で、三人が別々に資料を請求していても、それは「3件のリード」として扱われる。三人が同じ課題に向かって動いている、つまり一つの購買グループが検討を始めている、という事実は検知されない。3人のスコアは一人ひとりでは閾値に届かず、営業には渡らない。一方で、購買グループとしては明確に動き始めている。
逆の見落としもある。営業が会っている担当者が着火役であり、その上に旗振り役と金庫番がいることを把握していないと、着火役との関係だけで商談を進めることになる。着火役は前向きでも、旗振り役が別の解決策を検討していれば、商談は突然止まる。個人単位の管理では、この「見えていない関与者」の存在に気づけない。
5-4. 購買グループをCRMでどう持つか
第4章で述べたとおり、購買グループのために専用のテーブルを作る必要はない。パーソンに次の情報を持たせ、その情報をもとにパーソンをまとめて見る。
- どの事業所・部門に属しているか:パーソンの属性として持つ所属(第4章4-3)
- どの検討テーマに関わっているか:「基幹システム刷新」「営業のデジタル化」のような、検討の主題
- どの役割を担っているか:4役割のいずれか。複数の場合は主たる役割
- 検討のどの段階にいるか:購買心理変容購買心理変容8フェーズ買い手の心理が購買に至るまでの変わり方を、8つの段階で捉えたもの。各段階の心理状態・次へ移るきっかけ・売り手のとるべきアプローチを定義し、役割との掛け合わせで「いつ・何を届けるか」を決める。用語集で見る →8フェーズのどこにいるか
同じ企業の、同じ部門の、同じ検討テーマに関わっているパーソンをまとめたものが、その検討テーマについての購買グループである。購買グループは企業に一つではない。同じ企業の中に、検討テーマの数だけ購買グループがある。同じ部門でも、テーマが違えば別の購買グループである。
検討の段階は、パーソン単位で持つ。購買グループの中で、着火役は情報収集の段階にいるが、金庫番はまだ課題を認識していない、ということは普通に起きる。購買グループの状態は、そこに属するパーソン一人ひとりの段階を並べて見ることで分かる。「4人のうち3人が要件整理の段階にいて、金庫番だけがまだ関与していない」という見え方になる。
商談が立った後は、SFAが標準で備える商談への関与者の紐付けを使う。パーソンに持たせた役割を、商談の関与者の役割として引き継ぎ、案件固有の事情があればそこで上書きする。
5-5. グルーピングの精度を上げる自社情報の仕組み
購買グループを正しくまとめるには、パーソンに持たせる部門・検討テーマ・役割が正確でなければならない。この精度は、外部から買えるものではない。自社の接点から得た情報を、自社で整える仕組みが要る。
第一に、部署名と役職の正規化である。 名刺やフォームから入ってくる部署名は、表記がばらばらである。「情報システム部」「情シス」「IT統括部 情報システム課」が同じ部門を指していることもあれば、別の部門を指していることもある。企業ごとに部門の正式名称と階層を整理し、入ってきた部署名をそこに紐付ける仕組みを持つ。これは第3章のパーソンの名寄せ名寄せ同一の企業・人物を指す複数のレコードを特定し、統合する処理。用語集で見る →の延長にあり、名寄せが「誰か」を確定するのに対し、ここでは「どこに属するか」を確定する。
第二に、複数の接点からの補完である。 部門・検討テーマ・役割は、一つの接点だけでは分からない。名刺からは部署と役職が分かる。商談の議事録からは、誰がどんな立場で発言したかが分かる。メールのCCからは、誰が同じやり取りに含まれているかが分かる。ウェビナーの参加者からは、同じテーマに関心を持つ人物が分かる。Webの行動を企業単位で見れば、同じ企業から同じ内容を閲覧している複数の人物が分かる。これらを組み合わせて、パーソンの部門・検討テーマ・役割を埋めていく。
第三に、AIによる推定と、営業による確認である。 議事録やメールの文面から、その人物がどんな役割で関わっているかを推定することは、AIが得意とする作業である。「予算はこちらで確保します」と発言した人物は金庫番の可能性が高く、「他部門にも展開したい」と述べた人物は旗振り役の可能性が高い。AIが推定した役割を候補として提示し、営業が確認して確定する。営業がゼロから入力するのではなく、AIの推定を承認する形にすることで、入力の負荷を下げながら精度を上げられる。
第四に、精度を測る指標である。 仕組みが機能しているかを確かめるには、指標が要る。対象とする企業について、4役割のうち何役を特定できているか。部門の情報が埋まっているパーソンの割合。役割の情報が最終更新から何日経過しているか。こうした指標を持ち、購買グループの「見えている度合い」を定量的に追う。
5-6. 顧客内の関係性を可視化する:これもCRMの機能である
購買グループのメンバーが分かったら、次はメンバー同士の関係性である。誰が誰に報告しているのか、誰が誰の意見を重んじるのか、誰が推進派で誰が慎重派か。この関係性を把握しているかどうかで、同じ購買グループに対する働きかけの質はまったく変わる。
CRMに持たせるべき関係性の情報は、次のとおりである。
- 組織上の関係:レポートライン、決裁の流れ。誰の承認が誰の承認の前提になるか
- 検討における立場:推進派、慎重派、中立。自社の提案に対する態度
- 社内での影響関係:誰の意見が誰に影響するか。組織図には表れない、実質的な発言力
- 自社との関係の濃淡:自社の誰が、その人物と、どの程度の関係を持っているか
これらは、従来は営業担当者の頭の中にだけあった情報である。担当者が異動すれば失われ、他部門からは見えなかった。だが、これを可視化することは、顧客との関係を管理するというCRMの本来の意味からすれば、当然に含まれる機能である。顧客の情報を持つことがCRMなら、顧客の中の関係性を持つこともCRMである。
具体的には、購買グループのメンバーを、役割と立場と関係の線で結んだ関係性マップとしてCRM上で持つ。営業とマーケティングとカスタマーサクセスが同じマップを見て、誰にどう働きかけるかを決める。マップは、一度作った後も、接点を重ねるたびに更新される。
5-7. 購買グループを発掘する:既知の一人から、見えていない関与者を見つける
購買グループのメンバーは、最初からすべて見えているわけではない。多くの場合、営業が知っているのは一人か二人である。そこから、見えていない関与者を見つけていく。これを購買グループの発掘と呼ぶ。
発掘の手がかりは、本書で扱ってきたデータのすべてにある。
- 名刺や展示会で得た、同じ企業の別の人物
- 議事録に記録された、打ち合わせの出席者
- メールのCCに含まれている、まだ接点のない人物
- ウェビナーに参加した、同じ企業の別の部門の人物
- Webの行動を企業単位で見たときに浮かび上がる、同じ内容を閲覧している複数の人物
- 人事異動や組織変更の公開情報から分かる、新しく着任した責任者
白書は提言②として、「営業が把握しているリードだけが関与者ではない。匿名接触者の行動から、購買グループ内の未接触メンバーを推定して掘り起こす」ことを挙げている。Webサイトを閲覧している人物が誰かは分からなくても、その企業から、その内容を、その時期に見ている人がいることは分かる。既知の一人が着火役なら、同じ企業でその閲覧が起きていることは、旗振り役や門番が動き始めた兆しかもしれない。
発掘は、4役割の穴を埋める作業として進める。着火役と旗振り役は見えているが、門番と金庫番が見えていない。ならば、その企業の購買部門や情報システム部門、そして事業部長を探す。役割の枠があるから、何が欠けているかが分かる。
5-8. 購買グループの状態で測る
購買グループをデータとして持つと、商談の進み具合を、購買グループの状態という事実で測れるようになる。
4役割のうち、いくつを特定できているか。 着火役しか見えていない商談と、4役割すべてが見えている商談では、受注の確からしさがまったく違う。特定できている役割の数は、商談の確度を裏付ける客観的な指標になる。
役割ごとの検討の段階は揃っているか。 着火役と旗振り役は提案評価の段階にいるが、金庫番はまだ課題を認識していない。この場合、提案を磨いても商談は進まない。金庫番に課題を認識してもらう働きかけが先である。段階のばらつきは、次に誰に何をすべきかを示す。
それぞれの役割と、自社の接点はあるか。 4役割が特定できていても、そのうち金庫番とは一度も接点がなければ、決裁の場に自社の情報は届いていない。役割ごとの接点の有無と最終接触日は、働きかけの抜けを示す。
これらの指標は、第4章で述べたパイプラインパイプライン商談化から受注までの案件の連なり。ステージ定義が曖昧なままだと、数字は積み上がっても予測には使えない。用語集で見る →の確度を、担当者の主観から購買グループの事実に置き換えるものである。
5-9. ABM編との関係
当社の「ABM Complete Playbook」では、購買グループの考え方を、アカウントベースの戦略の延長として詳しく扱った。なぜ個人ではなく購買グループを狙うのか、購買グループにどう働きかけるかは、そちらに譲る。
本書が加えるのは、その考え方をCRMのデータと機能としてどう実装するかである。パーソンに何を持たせるか、精度をどう上げるか、関係性をどう可視化するか、発掘をどう仕組みにするか、状態をどう測るか。購買グループは、戦略として語られるだけでは動かない。CRMに実装されて初めて、日々の営業とマーケティングの判断に使われる。
次章では、ここまで整えてきたMA・SFAのデータの限界を正面から述べ、そこから先に何が必要かを明らかにする。
本章の要点
- BtoBの購買はグループで行われる。関与人数は金額が一定の水準を超えると大きく増え、同じ社内でも意思決定者と意思影響者では見ているものが違う
- 購買グループの4役割は、着火役・旗振り役・門番・金庫番。「4つの働きが揃わなければ購買は成立しない」という意味である
- 個人単位のリード管理では、複数人が同じ課題に向かっている事実も、見えていない関与者の存在も検知できない
- 購買グループは専用のテーブルを作らず、部門・検討テーマ・役割・検討段階を持つパーソンを、検討テーマごとにまとめて見る。商談後は標準の関与者の紐付けに引き継ぐ
- 精度を上げる仕組みは、部署名の正規化、複数の接点からの補完、AIの推定と営業の確認、精度を測る指標の4つ
- 顧客内の関係性(レポートライン、立場、影響関係、自社との濃淡)を可視化することは、CRMの本来の機能である
- 発掘は、既知の一人から、名刺・議事録・CC・ウェビナー・Web行動・公開情報を手がかりに、4役割の穴を埋める作業として進める
- 商談の進み具合は、特定できた役割の数、役割ごとの段階のばらつき、役割ごとの接点の有無で測る

