第2章 CRMとツールの混同が生む弊害 ―― MAとSFAを入れても、顧客との関係は高まらない
第1章で、CRMCRMCustomer Relationship Management顧客との関係と取引履歴を管理する仕組み。GTMの4レイヤーでは、SFA・MAと並ぶ業務アプリケーション層に位置づけられる。用語集で見る →の目的は顧客とのエンゲージメントエンゲージメント顧客が自社との接触に価値を感じ、関係を続けたいと思っている状態。接触の量ではなく関係の深さを表し、企業・購買グループ・パーソンの3つの単位で捉える。CRMの目的はこれを高めることにある。用語集で見る →を高めることであり、そのためには相手を深く理解する必要があると述べた。ところが多くの企業では、理解の前提となる顧客の情報が、そもそも一つになっていない。原因は、CRMを特定のツールと捉え、MAMAマーケティングオートメーションマーケティングの実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →やSFASFAセールスフォースオートメーション営業の実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →を導入すればCRMが実現すると考えてきたことにある。本章では、まず「接点接点タッチポイント顧客と自社の間で起きる相互作用のすべて。マーケティング接点・営業接点・カスタマーサクセス接点・パートナー接点があり、商談も接点の一つである。用語集で見る →」という言葉を定義し、CRMとMA・SFAの関係を整理したうえで、両者の混同が生んできた弊害を述べる。
2-1. 接点(タッチポイント)とは何か
本書では、顧客と自社の間で起きる相互作用のすべてを「接点(タッチポイント)」と呼ぶ。以降は「接点」で統一する。
接点には、自社のどの部門が対応するかと、その場面によって、次の種類がある。
- マーケティング接点:メール、Webサイトの閲覧、ウェビナー、展示会、広告、ホワイトペーパーのダウンロード
- 営業接点:訪問、Web会議、電話、メール、提案書の提示、見積の提出、そして商談そのもの
- カスタマーサクセス接点:問い合わせ、サポート対応、活用支援、更新の案内
- パートナー接点:商社・販売代理店を介した紹介や提案
ここで強調しておきたいのは、商談も接点の一つだということである。商談は営業活動の中でも特別な位置を占めるため、他の接点と別のものとして扱われがちだが、顧客との相互作用という意味では同じ系列にある。本書では、接点を「活動」「商談」「会話」を含む上位概念として扱う。訪問という活動があり、その中で商談が進み、会話が交わされる。いずれも接点であり、いずれもCRMに記録されるべきものである。
接点を定義する目的は、記録の単位を揃えることにある。マーケティングはメールの開封を数え、営業は訪問回数を数え、カスタマーサクセスは問い合わせ件数を数える。それぞれが別の単位で顧客を見ている限り、一人の顧客との関係を一続きのものとして捉えることはできない。接点という共通の単位があって初めて、「この顧客とは、いつ、どこで、どんな相互作用があったか」を一本の線でたどれるようになる。
2-2. CRMは考え方であり、MAとSFAはそれを実現するツールである
CRMとは、顧客との関係を管理し、その関係をどう高めていくかを考え、実行する営みである。特定のツールの名前ではない。
MAとSFAは、その営みを実現するためのツールである。SFAは、営業と顧客のやり取りを簡便にする機能を備えている。営業担当者が誰に会い、何を話し、商談がどの段階にあるかを記録し、営業活動を前に進める。MAは、マーケティングと顧客のやり取りを簡便にする機能を備えている。誰にメールを送り、誰が開き、誰がWebサイトのどのページを見たか、誰が展示会で名刺を交換し、誰がウェビナーに参加したかを記録し、次の接触を自動化する。カスタマーサクセスのツールは、受注後の問い合わせ対応や活用支援を担う。
ここで誤解のないように述べておきたい。MAやSFAが顧客台帳を兼ねること自体は、問題ではない。SFAの中の企業情報を全社の顧客台帳とする構成も、MAとSFAが一つのプラットフォーム上で同じ顧客情報を共有する構成も、システムによっては合理的な選択である。どのツールが顧客台帳を持つかは、事業の構造や既存のシステムによって決めればよい。第3章で、その構成の型を述べる。
問題は、どのツールで顧客を管理するかではない。MAやSFAを導入しただけでは、顧客との関係を管理し、顧客とのエンゲージメントを高められているとはいえない。にもかかわらず、導入したことをもってCRMに取り組んだと考えてしまうことにある。
2-3. 「ツールを導入すれば、CRMになる」という誤解
多くの企業では、MAやSFAを導入したことをもって、CRMに取り組んだと考えてきた。CRMのプロジェクトとは、ツールを選び、設定し、現場に使ってもらうことだと捉えられてきた。
だが、ツールを入れただけで、顧客との関係が高まるわけではない。ツールは、顧客との関係をどう高めるかが決まって初めて、その実現のために役立つ。誰と、どんな関係を築きたいのか。そのために、どの顧客の、どんな情報を、誰が見て、どう動くのか。こうした設計がないまま導入されたツールは、それぞれの部門の業務をこなすために使われ、顧客との関係を高めることには使われない。
その結果、マーケティングはMAを、営業はSFAを、カスタマーサクセスは自部門のツールを、それぞれ自部門の業務に合わせて設定し、運用する。顧客の見方も、言葉の定義も、入力のルールも、部門ごとに決まる。どの部門も自分のツールを正しく使っている。それでも、会社全体として見ると、顧客は一つになっていない。
この混同が、次に述べる4つの弊害を生む。
2-4. 弊害① 部門ごとの最適化と、顧客データの分断
最初に起きるのは、顧客データの分断である。
一人の顧客が、MAではメールアドレスで識別され、SFAでは営業担当者が登録した商談相手として記録され、CSツールでは契約IDに紐づいている。さらに、受注後の取引は基幹システムに取引先コードで記録され、請求や納品の履歴はそこにしかない。4つの記録は、同じ人物、同じ企業を指しているにもかかわらず、互いにつながっていない。会社名の表記が違えば、同じ企業が4つの別の企業として存在することもある。
この分断が最も端的に表れるのが、「既存顧客か、新規顧客かが分からない」という状態である。MAに入ってきたリードが、実は基幹システムでは10年来の取引先だった。SFAで新規開拓として登録された企業が、別の事業部では主要顧客だった。取引の有無は基幹システムにしかなく、MAやSFAはそれを参照できない。だから、マーケティングは既存顧客に新規向けのメールを送り、営業は取引先に初回訪問の提案をする。
この状態では、第1章で述べた「相手を深く知る」ことすらできない。知るための事実は、確かに存在している。だが四か所に散らばり、突き合わせることができない。相手を深く知る以前に、相手が誰なのかを知ることすらできていない。
2-5. 弊害② 重複アプローチと機会損失
分断は、行動の重複と欠落を生む。
とくに深刻なのは、事業部をまたいだ重なりである。産業機器事業部の営業が長年関係を築いてきた顧客に、ソフトウェア事業部のマーケティングが新規リードとして大量のメールを送る。ソフトウェア事業部は、その企業が産業機器事業部の主要取引先であることを知らない。顧客は「御社からしつこくメールが来る」と産業機器事業部の営業に苦情を入れ、その営業は自分が知らない接触について謝ることになる。同じ企業の同じ部門に、2つの事業部の営業が同じ週に別々の提案を持って訪問することもある。顧客から見れば、一つの会社が複数の顔で、互いに何をしているかも知らずに、それぞれ勝手に話しかけてくる状態である。
逆に、誰も動かないという欠落も起きる。マーケティングの接点で関心の兆しが見えているのに、それが営業に届かないため営業が動かない。カスタマーサクセスが顧客の新しい課題を聞いているのに、それが営業に共有されないため提案の機会が失われる。第1章で述べた「欲しい時に」は、関心の兆しが見えた部門と、動くべき部門が違う場合に、最も実現しにくくなる。
2-6. 弊害③ 数字の不一致
3つ目の弊害は、数字が合わないことである。
マーケティングが報告する「リード数」と、営業が認識する「引き合い数」が一致しない。マーケティングが「商談化商談化リードが営業の対応する案件になること。ここで購買グループの関心・懸念が一人分に縮むと、以降の設計が効かなくなる。用語集で見る →率」を計算する分母と、営業が「受注率」を計算する分母が違う。経営会議で同じ顧客群について話しているはずなのに、部門によって数字が異なり、議論が定義の確認で終わる。
原因は、リードや商談といった言葉の定義が、部門ごと、ツールごとに決まっていることにある。マーケティングにとってのリードはフォームを送信した人であり、営業にとってのリードは引き合いと認めた案件である。定義が揃っていないのだから、数字が合わないのは当然である。定義をどう揃えるかは、第4章で詳しく扱う。
2-7. 弊害④ 記録の目的化と、入力の不定着
4つ目の弊害は、長年「営業の意識の問題」とされてきたものである。営業がSFAに入力しない。導入から何年経っても、入力率が上がらない。
本書は、これを意識の問題とは見ない。仕組みの問題である。
ツールの導入そのものが目的になると、記録することも目的になる。営業担当者は、自分の活動だけでなく、会社の情報、担当者の異動、部署の変更、他部門との接点まで、顧客に関するあらゆる情報の入力を求められる。だが、その記録が顧客との関係を高めるためにどう使われるのかは、示されていない。入力しても、それが自分の仕事に返ってこない。それであれば、入力が続かないのは当然である。
入力が定着しないことが、さらにデータの分断と不一致を深める。この循環を断つには、記録を何のために使うのかを明確にし、記録そのものを手入力に頼らない仕組みに変える必要がある。営業接点の記録をどう自動化するかは、第7章で扱う。
2-8. 問題は、どのツールが顧客台帳を持つかではない
4つの弊害は、いずれも同じ一つの原因から生じている。顧客との関係をどう高めるかという目的が定まらないまま、ツールだけが部門ごとに導入され、運用されてきたことである。
したがって、解決の方向も、ツールの入れ替えではない。どのツールが顧客台帳を持つ構成であっても、次の4つが満たされていれば、CRMは機能する。
- 全社で顧客が一つに見えること:どの部門の、どのツールから見ても、同じ顧客が同じ一人として扱われている
- 定義が揃っていること:接点、リード、商談といった言葉の意味が、部門をまたいで共通である
- 顧客台帳が自動で更新されること:企業の基本情報は外部の企業データベースから、既存取引の有無は基幹システムから、担当者の情報は名刺や議事録やメールから、手入力に頼らず保たれる
- 関係を高めるために使われること:記録が、次に誰に、何を、なぜ今届けるかを決めるために使われている
このうち、全社が参照する一つの正しい顧客台帳を、本書はSSOTSSOTSingle Source of Truth項目ごとに「どこが正か」が一意に定まった状態。全データを1箇所に集めることを意味しない。用語集で見る →(Single Source of Truth:単一の真の情報)と呼ぶ。SSOTは、どのシステムに置くかよりも、何を正とし、どう自動で保つかで決まる。次章では、なぜSSOTが必要なのか、そしてそれをどう設計し、維持するのかを述べる。
本章の要点
- 接点(タッチポイント)とは、顧客と自社の間で起きる相互作用のすべて。マーケティング接点、営業接点、CS接点、パートナー接点があり、商談も接点の一つである
- CRMは顧客との関係を管理し高めていく考え方であり、MAとSFAはそれを実現するツールである。MAやSFAが顧客台帳を兼ねること自体は問題ではない
- 問題は、ツールを導入すればCRMになると考え、関係をどう高めるかの設計がないまま、ツールが部門ごとに導入・運用されてきたことにある
- その結果、4つの弊害が生じる。部門ごとの最適化による顧客データの分断、重複アプローチと機会損失、数字の不一致、記録の目的化と入力の不定着
- 入力が定着しない原因は仕組みにある。記録を何に使うかを明確にし、手入力に頼らない仕組みに変える
- どのツールが台帳を持つ構成でもよい。全社で顧客が一つに見えること、定義が揃うこと、台帳が自動で更新されること、関係を高めるために使われること。この4つが満たされていればCRMは機能する

