ABM COMPLETE 第7章 / 全11章 読了 約9分 / 5,489字 著者:ワンマーケティング株式会社 SHARE

第7章 いつ・どう届けるか ―― 購買心理変容8フェーズと施策設計・営業連携(Step6)

7-1. 価値が合っていても、タイミングが合わなければ進まない

誰に届けるかが見え(第5章)、何を伝えるかが設計された(第6章)。それでも検討が進まないことがある。理由は、タイミングである。

旗振り役に向けた「経営に説明できる効果指標」という価値は、正しい。だが、その旗振り役がまだ現状に不満を持っていなければ、その価値は届かない。門番向けの仕様書は正しい。だが、検討がまだ課題の言語化の段階にあるなら、仕様書は誰も読まない。ターゲットであっても、価値が合っていても、その人がいま検討のどの段階にいるかが違えば、次には進まない。

Step6は、この「いつ」と「どう」を設計する工程である。買い手の心理がどう変容していくかをフェーズで捉え、役割とフェーズの掛け合わせで、どのタイミングに、どの手段で、何を届けるかを決める。施策は思いつきで並べるものではなく、心理フェーズの定義から逆算するものである。

7-2. 購買心理変容の8フェーズ

当社は、買い手の心理が購買に至るまでの変容を、8つのフェーズで捉えている。各フェーズについて、その段階にいる人の心理状態(つぶやき)、次のフェーズへ移行するきっかけ、売り手がとるべきアプローチを定義する。

P1 現状防衛。 「今のままで特に問題はない」。変化のコストを避け、現状を維持しようとする段階。最も長く、1年、2年とここに留まる人も多い。移行のきっかけは、現状では説明のつかない小さな出来事――数字の悪化、他社の動き、上司の一言。売り手のアプローチは、売り込みではなく、業界の変化や他社の課題感を伝え、現状を疑う視点を提供することである。

P2 表層的違和感。 「何か変えなければいけない気がする」。問題があることは感じているが、何が問題かは言語化できていない段階。移行のきっかけは、違和感を言葉にしてくれる情報との出会い。アプローチは、課題を整理し、名前を与える情報――調査データ、チェックリスト、業界レポート。

P3 調査・学習。 「同じような課題を、他社はどう解決しているのか」。能動的に情報を集める段階であり、検索し、資料をダウンロードし、ウェビナーに参加する。売り手のデータベースにシグナルとして最初に現れるのは、多くの場合このフェーズである。移行のきっかけは、学習を通じて課題の本質に気づくこと。アプローチは、解決の選択肢を体系的に示す情報――解説記事、比較の枕になる基礎資料、事例。

P4 真の違和感。 「問題は、表面ではなくここにあった」。表層的な症状の背後にある本質的な課題を認識する段階。移行のきっかけは、その課題を自分の責任範囲として引き受けるかどうかの判断が迫られること。アプローチは、課題の構造を言語化し、放置した場合のリスクを示す情報。

P5 責任引受 または 回避。 「自分が動くべきか、それとも見なかったことにするか」。最大の分岐点である。ここで引き受ければ、その人は旗振り役として検討を前に進める。回避すれば、P1に戻る。フェーズは一方向ではない。移行のきっかけは、動いた場合の成功の見通しと、社内で味方を得られる見込み。アプローチは、動くことの後押し――成功事例、社内説得の材料、最初の一歩の小ささを示す提案。

P6 巻き込み・検証。 「関係部門を巻き込み、本当に成り立つかを確かめたい」。関係者を集め、要件を検証し、選択肢を絞る段階。門番と金庫番が登場するのはここからである。アプローチは、旗振り役が関係者を説得するための「武器」の提供――仕様、セキュリティ、ROI試算、比較表。旗振り役に届けるが、読むのは門番と金庫番である。

P7 合意形成。 「関係者の合意を取り、決裁に上げる」。稟議を書き、決裁ラインを通す段階。アプローチは、稟議のテンプレート、決裁者向けの要約資料、導入後の体制図。

P8 決断。 「決める」。契約・発注に至る段階。アプローチは、最終的な不安の解消――導入スケジュール、サポート体制、契約条件の明確化。

8フェーズを通して見ると、売り手の動きが見えてくる。P1〜P2では課題を目覚めさせ、P3〜P4では選択肢と本質を示し、P5で背中を押し、P6〜P7では旗振り役の武器を揃え、P8で不安を消す。すべてのフェーズで同じ資料を送る運用が、なぜ効かないかは明らかである。

7-3. 役割×フェーズのマトリクスが、施策を決める

ここで、第4章の4役割と、本章の8フェーズを掛け合わせる。すると、施策設計の地図が一枚できる。

役割によって、登場するフェーズが異なる。着火役は、P1から存在し、P2〜P3で最も活発にシグナルを発する。旗振り役は、着火役から材料を受け取るP3前後から関わり始め、P5で責任を引き受け、以降の中心になる。門番は、P5〜P6の検証段階で登場する。金庫番は、P6〜P7の合意形成の段階で判断を求められる。これは1つの参考例であり、商材や組織によって前後する。だが、「全役割が全フェーズにいる」ことはない。

役割×フェーズのマトリクス
図12:誰に(役割)・いつ(フェーズ)・何を(価値)・どう(手段)を一枚で設計する。空欄はその役割がそのフェーズに登場していないことを示す

このマトリクスの各セルに、第6章で設計した価値と、届ける手段(メール、ウェビナー、Web、インサイドセールスの架電、営業訪問)を書き込む。着火役×P2には、課題を言語化するチェックリストをコンテンツで。旗振り役×P5には、成功事例と社内説得資料をインサイドセールスの対話とセットで。門番×P6には、仕様・セキュリティ資料を旗振り役経由で。金庫番×P7には、ROI試算と決裁者向け要約を営業から直接。

この設計には、2つの効果がある。第一に、施策の抜けが見える。旗振り役のP3向けコンテンツは充実しているが、P5で背中を押す施策が1つもない、といった空白が可視化される。第二に、施策の重複が消える。全員に同じメールを毎月送る運用は、マトリクスの上ではほとんどのセルにとって無意味であることが分かる。

なお、ここで1社1社を個別に設計する部分と、定型化する部分を切り分ける。役割×フェーズごとの価値とコンテンツは、ペルソナ単位で定型化できる。どのアカウントのどの購買グループが、いまどのフェーズにいるか――これは個社ごとの判断である。定型化された地図の上に、個社の現在地を置く。この構造が、限られたリソースでABMを回すための骨格になる。

7-4. 実例 ―― 旗振り役(人事の研修企画担当)のフェーズ別コンテンツ

第6章の実例を続ける。研修事業会社が、大手製造業の人事部門の旗振り役に対して、フェーズ別に何を届けるかを設計したケースである。

P1〜P2では、まだ研修の話はしない。製造業の人材育成を巡る環境変化――技能伝承の断絶、若手の早期離職、管理職の育成不足――に関する調査データや業界レポートを届け、現状を疑う視点を提供する。

P3が、コンテンツ投資の最重要ポイントである。旗振り役が能動的に情報を集めているこの段階で、「研修効果をどう測るか」「他社の育成体系はどうなっているか」という問いに答える解説記事、比較の基礎資料、体系化された事例を揃える。ここで選択肢の1つとして認識されなければ、以降のフェーズに登場する機会がない。第3章で見た「85%が営業に会う前に絞り込み済み」という数字は、この段階の重みを示している。

P4〜P5では、本質的な課題――「研修そのものではなく、効果を経営に示せないことが問題だった」――を言語化し、動くことの後押しをする。同じ立場の担当者が経営を説得した事例、最初の一歩を小さくする段階導入の提案。インサイドセールスの対話が最も効くのは、この段階である。

P6では、旗振り役に「武器」を渡す。門番(情報システム・購買)向けの仕様・セキュリティ資料、金庫番(人事部長・役員)向けのROI試算。届け先は旗振り役だが、その先の読者を想定して作る。旗振り役が社内で関係者を巻き込む会議の場に、そのまま持ち込める形にしておく。

P7〜P8では、稟議テンプレート、決裁者向け要約、導入後の体制図と導入スケジュールを、営業が直接届ける。

一本の線で見れば、「業界の変化を伝える」から始まり、「経営を説得する材料を揃える」で終わる。同じ旗振り役に対して、届けるものはフェーズごとに変わり、届ける手段も、コンテンツから対話、対話から営業訪問へと移っていく。

7-5. 営業連携 ―― グループ単位のシグナルを、誰が受けて動くか

Step6のもう1つの柱が、営業連携である。第1章の症状③――渡しても動かない――に対する、直接の回答をここで示す。

まず、MQLを再定義する。第2章で述べた通り、MQLは「グループの中の誰かが動いた」というシグナルである。着火役の田中が資料をダウンロードした。これは田中個人が買う、という知らせではない。A社の情報システム部の◯◯事業所で、検討がP3に入ったかもしれない、という知らせである。

次に、渡す単位を変える。営業に渡すのは「田中さんがウェビナーに参加しました」ではない。「A社・情報システム部・◯◯事業所の購買グループで、着火役の田中が動き始めた。同グループの旗振り役と推定される山田部長には、まだ接点がない。門番・金庫番は未特定」――これが渡す単位である。組織とロールがついている。営業は、この情報から攻め筋を組める。山田部長に会う。門番が誰かを聞き出す。

そして、誰が動くかをフェーズで決める。着火役がP2〜P3にいる段階では、営業が動く必要はない。コンテンツとメール、ウェビナーへの案内が受け皿になる。旗振り役がP4〜P5に入った兆候――複数の比較資料を閲覧した、事例を繰り返し見ている――が出れば、インサイドセールスが対話に入り、課題の本質と社内の状況を聞き取る。P5で責任を引き受けた旗振り役、あるいはP6で登場した門番・金庫番の存在が確認できたら、営業に渡す。

この受け渡しの基準を、マーケティング・インサイドセールス・営業の間で合意しておく。『Campaign Management Playbook』で述べたSLA――何をもってMQLとし、誰がいつまでに何をするか――は、ここではグループ単位で定義される。「グループの中で旗振り役が特定され、P5以上と判断されたら、営業は5営業日以内に旗振り役へ接触する」。「営業は接触の結果、役割の確認・修正と門番・金庫番の情報をSFAに戻す」。渡すだけでなく、戻す。第5章で述べた「人を経由して聞き取る情報」がデータベースに戻る経路は、このSLAの中に設計する。

7-6. 空中戦と地上戦 ―― ホワイトスペースを埋める

最後に、マーケティングと営業の分担を、購買グループの視点で整理する。

第5章のStep4で、「役割未特定」はまだ会えていない役割の発見だと述べた。この空白を、購買グループ全体で眺めると、一枚の地図ができる。縦にターゲットアカウント(あるいはそのグループ)、横に4役割を並べ、接点があるセルとないセルを塗り分ける。当社はこれをホワイトスペースマップと呼んでいる。塗られていないセルが、ホワイトスペース――まだ届いていない役割である。

このホワイトスペースを、誰が埋めるか。

営業が直接会いに行けるセルは、営業が埋める。これが地上戦である。旗振り役に面談し、門番を紹介してもらう。金庫番に提案の場を設ける。1対1の接触で、深く届く。しかし営業の足は限られている。第2章の4条件の最後――営業リソースに限りがある――が、ここで再び立ち上がる。

営業が届かないセルは、マーケティングが埋める。これが空中戦である。地方拠点の着火役、まだ接点のない部門の旗振り役、面談の場に出てこない門番――営業が会えていない役割に、コンテンツ、ウェビナー、メール、広告で面的に届ける。第4章のエリアの実例で、営業が届いていない拠点をマーケティングが可視化して効果が出たのは、空中戦がホワイトスペースを埋めた事例である。

空中戦と地上戦は、対立ではなく分担である。ホワイトスペースマップの上で、どのセルを営業が、どのセルをマーケティングが埋めるかを決める。この分担が決まると、マーケティングの施策は「リードを取る活動」から「営業が届かない役割に届く活動」へ、意味を変える。そして両者は、同じ地図を見ている。

これで、誰に・何を・いつ・どう届けるかの設計が揃った。だが、ここまでの設計を人手で回し続けることは、現実的に不可能である。次章では、この設計を回し続ける仕組み――AIによる判定・分類とデータアーキテクチャ――を扱う。

本章の要点

  • 価値が合っていても、タイミングが合わなければ進まない。施策は思いつきではなく、購買心理の8フェーズから逆算する
  • 8フェーズはP1現状防衛からP8決断まで。P5「責任引受または回避」が最大の分岐点で、回避すればP1に戻る。フェーズは一方向ではない
  • 役割×フェーズのマトリクスが施策の地図になる。役割によって登場するフェーズが異なり、地図の上で施策の抜けと重複が見える
  • MQLはグループの検討開始を知らせるシグナル。営業に渡す単位は個人ではなく、組織・役割・フェーズがついたグループの状態。誰が動くかはフェーズで決め、SLAはグループ単位で定義し、聞き取った情報をデータベースに戻す経路を含める
  • ホワイトスペースマップで「まだ届いていない役割」を可視化し、営業が届くセルは地上戦、届かないセルは空中戦で埋める。両者は分担であり、同じ地図を見る

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アカウントは選んだ。その先を、誰も設計していない。

ABMでターゲットアカウントを選定したものの、その先で止まる——「誰に、何を、いつ届けるか」が設計されていないためです。BtoBの購買は一人では決まらず、高価格帯では平均18.3人が関与します。本書は、アカウントの内側にいる「購買グループ」を定義し、可視化し、役割ごとに届け分けるまでを7ステップで解説した全53ページ・図版13点の実務書です。

  • アカウント選定の先で止まる理由。ターゲットは決めたのに成果が出ない状態を、管理単位ではなく「誰に届けるか」の設計欠落として捉え直す(第1章)
  • 購買グループを定義する3つの単位(企業・部門・案件)と4つの役割(着火役・旗振り役・門番・金庫番)。ABMの延長線上に何を足すのかを構造で示す(第2・4章)
  • 購買グループが見えるデータベースの作り方(Step1〜4)。ターゲットアカウントマトリクス9象限、ホワイトスペースの特定まで(第5章)
  • 役割別バリュープロポジション(Step5)と、購買心理変容8フェーズに沿った施策設計・営業連携(Step6)。いつ・誰に・何を出すかの対応表(第6・7章)
  • AIによる判定・分類とデータアーキテクチャ(Step7)、CoEによる運用体制。可視化率・充足率・フェーズ分布・ホワイトスペース充填の4指標で回し続ける(第8・9章)

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この記事を書いた人

ワンマーケティング編集部
BtoBマーケティングの戦略設計から実行支援までを手がけるチーム。MA運用・リード獲得の現場知を発信しています。
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