第3章 なぜ購買グループなのか ―― 数字で見る、買い手の実態
3-1. 購買は「グループの合意」で進む
前章まで、売り手側の視点からABMの停滞を論じてきた。本章では視点を買い手側に移す。なぜ点ではなく面で見なければならないのか――その根拠は、買い手が実際にどう買っているかにある。
当社は2025年、全国で仕入・購買・契約に関わるビジネスパーソン600名を対象に、購買プロセスの実態を調査した(BtoB購買プロセス白書2025)。その中で、本書の主題に最も直接関わるのが、購買に関与する人数である。
1件の購買に関与する人数は、取引金額300万円未満の低価格帯で平均5.6人、300万〜1,000万円未満の中価格帯で14.4人、1,000万円以上の高価格帯では平均18.3人に達する。
18人という数字に驚く読者は多い。だが、自社の顧客で実際に進んだ1,000万円以上の案件を思い返してほしい。現場の担当者、その上司、隣接部門の責任者、情報システムや法務、購買部門、決裁ラインの役員――関与者を数え上げれば、この規模になることは珍しくない。なお中央値は低価格帯3人・高価格帯5人であり、多くの案件は数人で進む。しかし平均を押し上げているのは、まさにABMが狙うような大型案件であり、狙う金額が大きいほど、関与者は縦のライン(決裁階層)にも横のライン(部門横断)にも広がっていく。
購買が1人で決まらないのは、日本に限った話ではない。Gartnerが2024年にBtoBバイヤー632名を対象に行った調査では、購買グループは最大4つの職能にまたがり、5人から16人の幅に分布するとされる。当社調査の高価格帯18.3人は、この海外の分布の上限をさらに上回る。稟議による多層の決裁経路や、合意形成を重んじる組織文化が、関与者の数をいっそう押し上げていると考えられる。日本でBtoBの購買を捉えるには、海外の実務論以上に「面」で見る必然性が強い。
1人では判断できない。だから、1人を見ていても商談は進まない。この単純な事実が、購買グループで見なければならない第一の根拠である。
3-2. 営業が会う前に、大半は進んでいる
第二の根拠は、検討の前倒し化である。
同じ白書で、営業との面談に立ち会う購買担当者(n=96)に、初回面談時点での検討状況を聞いた。「ほぼ決定していた」が29%、「数社に絞り込んでいた」が56%。合わせて85%が、営業と初めて会う時点で、すでに候補を絞り込んでいる。2020年に実施した前回調査では79%であり、前倒しはさらに進んだ。
前倒しの背景には、情報源の変化がある。買い手が現在の取引先を初めて知ったきっかけは、検索エンジンが28.7%で突出し、AI検索・生成AIも8.8%に達した。一方で「以前より使わなくなった情報源」はどの項目も最大8.3%にとどまる。情報源は増える一方で、減っていない。買い手は営業に会う前に、検索し、AIに尋ね、比較サイトを見、資料を読み、社内で議論している。
そして検討期間は長い。高価格帯の取引の54%は、検討開始から契約まで半年以上を要している。半年以上にわたる検討の大半が、営業の見えないところで、十数人の関与者によって進められている――これが買い手側の実態である。
この実態に、点で見る運用は追いつけない。窓口となる1人がMQLとして浮上した時点で、その企業の検討はすでに相当進んでおり、他の関与者は営業の知らないところで情報を集め、意見を形成している。85%が絞り込み済みで会いに来る買い手に対して、面談の場で初めて他の関与者の存在を知るのでは遅い。
3-3. MQLとして見えているのは、18人のうち1人
ここで、第2章のMQLの議論に数字を重ねる。
高価格帯の案件に18人が関与しているとき、MQLとして売り手側のデータベースに浮上しているのは、多くの場合1人である。資料をダウンロードした人、ウェビナーに参加した人――何らかの行動を起こし、記録に残った1人だ。残りの17人は、売り手には見えていない。
見えていないとは、記録がないという意味ではない。名刺交換をした関与者や、過去のセミナーに参加した関与者が、データベースの中に別々に存在していることは多い。だが、その人たちが「同じ検討に関わっている」という関係が見えていない。だから、1人がMQLになっても、隣の部門の責任者が同じテーマで情報収集していることに気づかず、決裁ラインの役員が懸念を持っていることも分からない。
『Campaign Management Playbook』では、商談に窓口1名しか紐づいていない状態では、残り17人分の接点が帰属計算から消える、と述べた。同じことが、商談化の前段階でも起きている。17人分の関心・懸念・判断材料が、視界の外で形成されていく。点で見る限り、売り手はこの17人に価値を届ける機会を、構造的に失っている。
3-4. 関与者は一枚岩ではない
第三の根拠は、18人の中身である。
面で見ればよい、というだけなら話は簡単だ。アカウントに属する全員に同じメールを送り、同じ資料を届ければよいことになる。だが実際には、18人はそれぞれに思惑・課題・関心事を持っている。
現場の担当者は、日々の業務の非効率をどうにかしたいと考えている。その上司は、来期の目標に向けて何を経営に提案すべきかを考えている。情報システム部門は、既存環境との整合性とセキュリティを確認したい。購買部門は、比較の妥当性と価格を見ている。役員は、投資対効果と、失敗したときの責任の所在を気にしている。同じ案件を見ていても、見ている場所も、動く理由も、止まる理由も違う。
同じ白書でも、提案評価で1番目に重視する項目は「品質」が26.5%、「会社の信頼性」が24.7%と、僅差で分かれている。何を決め手とするかは一様ではなく、役割によって、フェーズによって異なる。全員に同じものを届ける運用は、面で見ているようでいて、誰にも刺さらない。
したがって、点から面へ切り替えるだけでは足りない。面の中を、役割で分ける必要がある。18人をそのまま扱えば破綻するから、扱える数の役割に圧縮する。そして役割ごとに、届ける価値とタイミングを変える。これが次章以降の主題である。
3-5. 本章のまとめ ―― 数字が示す、3つの必然
本章の数字を、3つの必然としてまとめる。
第一に、購買はグループの合意で進む。1,000万円以上の案件では平均18.3人が関与し、1人では判断できない。だから点ではなく面で見る。
第二に、検討は営業に会う前に進む。85%が絞り込み済みで面談に現れ、検討期間の半分以上は半年を超える。だから、面談の場ではなく、データの上で関与者を捉える。
第三に、関与者は一枚岩ではない。役割によって思惑も決め手も異なる。だから、面の中を役割で分け、届ける価値とタイミングを変える。
データはあった。しかし、購買グループとしては見えていなかった。商談が増えない理由は、ここにある。次章では、この購買グループを定義する――1社に1つではないグループを3つの単位で切り分け、18人を4つの役割で捉える。
本章の要点
- 1件の購買に関与する人数は、低価格帯5.6人・中価格帯14.4人・高価格帯18.3人(BtoB購買プロセス白書2025)。金額が上がるほど買い手は「群れ」になる
- 営業と初めて会う時点で85%の買い手が候補を絞り込み済み。高価格帯の54%は検討に半年以上を要し、その大半は営業の見えないところで進む
- MQLとして見えているのは18人のうち1人。残り17人は、記録があっても「同じ検討に関わっている」という関係が見えていない
- 関与者は一枚岩ではない。面で見るだけでは足りず、面の中を役割で分ける必要がある

