ABM COMPLETE 第1章 / 全11章 読了 約7分 / 4,173字 著者:ワンマーケティング株式会社 SHARE

第1章 アカウントは選んだ。その先が、設計されていない

はじめに

本書は、Playbookシリーズの第4部である。

第1部『GTM Engineering Playbook』で収益プロセスの構造を、第2部『AI Ready Playbook』でそれを支える一意なデータの土台を、第3部『Campaign Management Playbook』でその上で投資と成果を計測する方法を述べてきた。本書が扱うのは、その先にある問いである。ターゲットアカウントは選んだ。では、その中の誰に、何を、いつ、どう届けるのか。

ABM(アカウントベースドマーケティング)に取り組む日本のBtoB企業の多くが、いま同じ場所で止まっている。リストは作った。データもある。だが商談は増えない。本書は、この停滞を「ABMの失敗」とは見ない。ABMがアカウントという面を選んだ発想は正しかった。足りなかったのは、選んだ面の中を見る解像度と、それを扱う単位である。その単位を本書は「購買グループ」と呼び、ABMの延長線上にある概念として位置づける。

本書は3つの問いに沿って進む。なぜ購買グループで見なければならないのか(第1〜3章)。購買グループとは何を見ることなのか(第4章)。どう実装し、回し続けるのか(第5〜9章)。実装は当社が用いる7つのステップに沿って述べ、終章で自社の現在地を測る8つの問いと、最初の90日で行うことを示す。

既刊と同じく、本書は特定のツールの手順書ではない。購買グループの設計は、どのMA/SFAを使っていても成立すべき概念と方法論である。読者がターゲットアカウントを開き、その中に誰がいるかを数え始めるための、設計図として使ってほしい。

1-1. やるべきことは、やってきた

BtoBマーケティングに取り組んできた企業の多くは、この10年でやるべきことをやってきた。

名刺、展示会、セミナー、Web――接点のデータは十分に蓄積されている。Excelで名簿を管理している会社はもう少数で、MA(マーケティングオートメーション)にデータは格納され、最近ではSFAともつながった。システム間の連携は完了している。そのうえでABM(アカウントベースドマーケティング)にも着手し、ターゲットアカウントは選定済みである。データが汚いという指摘も受け止め、名寄せも片付けた――少なくとも、片付けたと思っている。

それなのに、商談は増えていない。

正確に言えば、マーケティングの活動が商談に貢献しているのかどうかが分からない。MQLの件数は前年より増えているのに、営業からは「案件になっていない」と言われる。ABMのターゲットに絞ったはずなのに、パイプラインの中身は以前と変わらない。この状態を「ABMがうまくいっていない」と一括りにする前に、どこで止まっているのかを解剖する必要がある。

本章では、当社が支援の現場で繰り返し目にしてきたABMの停滞を、3つの症状に分解する。自社がどの症状を抱えているかを照らしながら読み進めてほしい。

1-2. 停滞①:ターゲットリストを作って、終わった

第一の症状は、最も多い。ターゲットアカウントを選定し、リストを作った。そこで止まっている。

ABMと聞いて最初に取り組まれるのが選定である。売上規模、業種、既存取引の有無、営業の意向――さまざまな基準でアカウントを絞り込み、100社、300社というリストが出来上がる。ここまでは、やり切っている。

問題はその先である。「ABC商事株式会社」をターゲットに定めた。では、ABC商事の誰に届けるのか。何を届けるのか。どのように届けるのか。この3つの問いが、空白のまま誰にも埋められていない。

空白のまま何が起きるかは決まっている。従来通りのマーケティング活動――メール配信、ウェビナー、資料ダウンロード――を、ターゲット外の企業も含めて同じように回す。その中からたまたまターゲットアカウントに属する人物がホットになれば、「ABMのアカウントです」と優先して営業に渡す。これは、リード単位の運用にアカウントのフィルタを掛けただけであり、アカウントの中に入って設計する活動ではない。選定はABMの起点であって、ABMそのものではない。

1-3. 停滞②:誰が何に関心があるのか、見えない

第二の症状は、データはあるのに、アカウントの中の誰が何に関心を持っているかが見えない、というものである。原因はデータの汚れにある。

当社がCRMの文脈で「データが汚い」と言うとき、指しているのは主に重複である。アカウントの重複と、パーソン(人)の重複だ。

企業マスターに「XYZ製造株式会社」と「XYZ製造(株)」が別レコードとして存在する。この時点で、1社が2社になっている。社名の表記ゆれはこの程度では済まない。一般名詞と同じ社名や、同名で無関係の企業が数百社存在する社名もあり、「どのXYZなのか」が判別できないまま登録されていく。アカウントが割れれば、そこに紐づくパーソンも割れる。片方のXYZ製造には鈴木・佐藤・田中がいて、もう片方のXYZ製造にも田中がいる。

ここで何が起きるか。営業の加藤は、自分が担当するXYZ製造の佐藤と鈴木にアプローチしている。田中はノーマークだった。ところが、もう一方のレコードにいる田中は、実は製品ページを多数閲覧し、ウェビナーに参加し、資料をダウンロードしていた。営業がデータベースを網羅的に眺めることは、実務上ほとんどない。見るのは自分が「ここ」と決めた相手だけである。ABMを実施するような企業はリード数も多く、割れたレコードの向こうにいる田中は、発見されないまま検討を進めていく。

『AI Ready Playbook』で述べた通り、重複は「最も確度の高いリードから順に見えなくする」性質を持つ。動いている人ほど接点が多く、接点が多いほど複数のレコードに散るからである。データが汚い状態でABMは成立しない――第二の症状が教えるのは、この単純な事実である。

1-4. 停滞③:営業に渡しても、動かない

第三の症状は、アカウントを定義し、ホットなリードを渡しているのに、営業が動かないというものである。マーケティングからは「決めたのに動いてくれない」と見え、営業からは「渡されても攻めようがない」と見える。

原因は、マーケティングが渡す単位と、営業が見ている単位がかみ合っていないことにある。

マーケティングの視点は、リードである。「この方がウェビナーに参加しました。しかもABMのターゲットアカウントの方です」――渡す単位は個人のリードであり、「MQL、渡しました」で引き渡しは完了する。

営業の視点は、組織とロールである。営業が知りたいのは、その人物がどの部署、どの事業所に属し、どんな役職・職種で、社内の検討においてどういう立場にあるのかだ。「……で、どの組織のどんな方ですか?」という営業の問いに、「ウェビナーに参加した方です」としか答えられないなら、営業は攻め筋を組めない。攻め筋が組めないリードは、放置される。営業は動かないのではなく、動けないのである。

マーケティングが渡す単位と営業が見る単位のズレ
図1:マーケティングが渡す単位は「個人のリード」、営業が見る単位は「組織とロール」である。形が合わないから、渡しても動かない

1-5. 日本の現在地――停滞は、個社の失敗ではない

ここまでの3症状を読んで、「自社のことだ」と感じた読者は多いはずである。しかし、それを担当者の力量や個社の失敗と受け取る必要はない。

当社のマーケティング組織実態調査2026(BtoB営業・マーケティング職400名)が示す通り、日本のBtoB組織の成熟度平均は2.40/4.00であり、最上位の「先進レベル」に到達している企業は7.5%にすぎない。大多数は「投資はしたが、成果に転換できていない」踊り場にいる。MAもSFAも入れ、ABMにも着手した企業が、この踊り場の住人である。

同じ調査で、回答者の58.8%が40問中1問以上で自社の状態を「分からない」と答えている。ツール・データ・予算といった、仕組みの透明性に関わる領域ほど、この回答は多い。自社のデータベースにターゲットアカウントの関与者が何人いて、そのうち誰が今動いているのかを即答できる組織は、ごく少ない。ABMの停滞は、この踊り場の上で起きている典型的な症状なのである。

1-6. 3つの症状に共通する根本原因

3つの症状を並べると、共通する構造が見えてくる。

リストで終わる(症状①)のは、アカウントの中を設計する単位を持っていないからである。誰が何に関心があるか見えない(症状②)のは、データがアカウントとパーソンの単位で一意になっていないからである。営業に渡しても動かない(症状③)のは、渡す単位が個人のリードであり、営業が見る組織・ロールの単位と合っていないからである。

つまり、施策も、データも、評価も、すべてが「点」――個人リード――の単位で止まっている。ABMはアカウントという「面」を選ぶ手法として始まったはずだが、選んだあとの活動は、点の単位に戻っていた。アカウント選定の「先」が設計されていない。これが、ABMが止まる根本の原因である。

ABMが止まる3つの症状
図2:3つの症状は、いずれも「点(個人リード)の単位で止まっている」という一つの構造に帰着する

ここで、本書の立場を先に明確にしておきたい。本書は「ABMは効かないからやめよ」と主張する本ではない。むしろ逆である。アカウントを先に選ぶという発想は正しかった。足りなかったのは、選んだアカウントの中に何があるのかを見る解像度と、それを扱う単位である。その単位を、本書は「購買グループ」と呼ぶ。

次章では、ABMとは何かに立ち返り、購買グループがABMの否定ではなく延長線上にあることを示す。あわせて、近年語られる「Goodbye MQL」に対する本書の立場を述べる。

本章の要点

  • ABMが止まるのは、アカウント選定の「先」――誰に・何を・どう届けるか――が設計されていないからである
  • 3つの症状(リストで終わる/誰が動いているか見えない/営業に渡しても動かない)は、施策・データ・評価の単位が「点」で止まっているという1つの構造に帰着する
  • 停滞は個社の失敗ではなく、成熟度2.40/4.00という日本のBtoB組織の踊り場で起きている典型的な症状である

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WHITE PAPER PDF版

アカウントは選んだ。その先を、誰も設計していない。

ABMでターゲットアカウントを選定したものの、その先で止まる——「誰に、何を、いつ届けるか」が設計されていないためです。BtoBの購買は一人では決まらず、高価格帯では平均18.3人が関与します。本書は、アカウントの内側にいる「購買グループ」を定義し、可視化し、役割ごとに届け分けるまでを7ステップで解説した全53ページ・図版13点の実務書です。

  • アカウント選定の先で止まる理由。ターゲットは決めたのに成果が出ない状態を、管理単位ではなく「誰に届けるか」の設計欠落として捉え直す(第1章)
  • 購買グループを定義する3つの単位(企業・部門・案件)と4つの役割(着火役・旗振り役・門番・金庫番)。ABMの延長線上に何を足すのかを構造で示す(第2・4章)
  • 購買グループが見えるデータベースの作り方(Step1〜4)。ターゲットアカウントマトリクス9象限、ホワイトスペースの特定まで(第5章)
  • 役割別バリュープロポジション(Step5)と、購買心理変容8フェーズに沿った施策設計・営業連携(Step6)。いつ・誰に・何を出すかの対応表(第6・7章)
  • AIによる判定・分類とデータアーキテクチャ(Step7)、CoEによる運用体制。可視化率・充足率・フェーズ分布・ホワイトスペース充填の4指標で回し続ける(第8・9章)

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この記事を書いた人

ワンマーケティング編集部
BtoBマーケティングの戦略設計から実行支援までを手がけるチーム。MA運用・リード獲得の現場知を発信しています。
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分断された収益プロセスを、データと技術で再設計する指南書

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GTM Engineering Playbook 表紙

ツール導入で終わらせない、収益プロセスの再設計図。GTM設計の5ステップと、それを支える4つのレイヤーを、日本企業の前提に合わせて体系化しました。(全39ページ・図版13点)