第4章 購買グループを定義する ―― 3つの単位と4つの役割
4-1. 購買グループは、1社に1つではない
前章までで、点ではなく面で見る必然性を確認した。本章から、その「面」を扱える形に定義していく。
まず、言葉を定義する。本書における購買グループとは、同じ検討に関わる人の集合である。ある製品・サービスの導入を検討している、あるプロジェクトの推進に関わっている、ある課題の解決策を探している――1つの「検討」を共有する人たちが、1つの購買グループを構成する。
この定義から、重要な帰結が導かれる。購買グループは、アカウントと同じものではない。1社に1つではない。
ABMがアカウントを「面」として選んだとき、その面は企業という一枚の板として扱われがちだった。しかし第2章で見たABMの4条件を思い返せば、ABMがフィットする企業とは、まさに「1社の中に複数の検討が同時に走っている」企業である。拠点が点在し、部門が多岐にわたり、提案先が広い。そのような企業では、同じ社名の下で、互いに無関係な複数の検討が並行して進んでいる。
したがって、アカウントの次に必要なのは、アカウントの中を「検討の単位」で切り分けることである。当社は、この単位を大きく3つに分類している。エリア、部門・部署、プロジェクトである。
4-2. 単位①エリア ―― 同じ企業でも、拠点ごとに別の検討が動く
第一の単位はエリアである。事業所、支社、営業所、工場、研究所、海外支社――同じ企業でも、拠点ごとに別の検討が動く。
本社での検討は従来通り捉えられているかもしれない。しかし、製造業の顧客であれば、工場ごとに設備や業務改善の検討が動き、支社・営業所ごとに営業支援の検討が動く。本社の担当者が全拠点の検討を把握していることは、むしろ稀である。
当社の支援先で、実際にこういうケースがあった。その企業の商材と営業力は、首都圏では極めて有効に働いていた。ところが地方に行った瞬間に、候補(ノミネート)から外れることが多かった。理由は単純で、地方の拠点に営業が届いていなかったからである。営業が効いていない拠点では、買い手側の検討は競合だけを見て進む。
そこで、事業所・支社・営業所の単位でリードをグルーピングし、各拠点にどれだけの関与者が存在し、誰が動いているかを可視化した。拠点単位で「面」が見えるようになったことで、営業が届いていなかった検討にアプローチできるようになり、効果が出た。エリアは、営業の足が届く範囲と届かない範囲の境界線を映す。営業の空白地帯こそ、マーケティングが面を可視化する価値が最も高い場所である。
なお、エリアが検討単位として重要かどうかは商材による。本社が一括で購買する商材であれば、本社住所で十分である。逆にエリアが重要な商材であるなら、後述するように、拠点の住所をどう取得するかがデータ設計の重要な論点になる(第5章)。
4-3. 単位②部門・部署 ―― 各部門の中で、様々な検討が進む
第二の単位は部門・部署である。総務部、人事部、研究開発部、製造部、営業部、企画部――各部門の中で、それぞれの検討が進む。
これは、ABMの4条件のうち「提供ソリューションが多岐にわたり、提案先の部門・用途が広い」場合に直接対応する。営業部門にも刺さり、総務部にも刺さる商材を持っているなら、同じ企業の営業部と総務部は、別の購買グループである。営業部の検討が進んでいるからといって、総務部の検討が進んでいるわけではない。逆に、営業部での導入実績は、総務部の検討に対する有力な材料になりうる。別グループとして捉えるからこそ、グループ間の関係も設計できる。
部門は、名刺やフォームから比較的取得しやすい情報である。しかし、取得しているのに単位として使っていない企業は多い。「部門」を項目としては持っているが、グルーピングのキーにしていない。第5章で述べるように、部門の正式名称を取得し、それをグループの手がかりとして使うことが、購買グループ設計の最初の一歩になる。
4-4. 単位③プロジェクト ―― 部門を横断して組成され、期間限定で動く
第三の単位はプロジェクトである。新規事業、海外進出、工場設立、買収、新会社設立――部門を横断して組成され、期間限定で動く検討である。
プロジェクトは、前の2単位と性質が異なる。エリアも部門も、組織図に存在する恒常的な区分であり、名刺に印字されている。プロジェクトは組織図にないことが多く、名刺にも現れない。「海外進出プロジェクト」のメンバーの名刺には、経営企画部、海外事業部、法務部、経理部と、それぞれの所属部門が書かれているだけである。
だが、大型案件の多くはプロジェクトの単位で動く。新工場の設立が決まれば、設備・IT・人材・物流の検討が一斉に始まる。新規事業が立ち上がれば、部門横断のチームが組まれ、これまで取引のなかった部門の担当者が窓口に立つ。プロジェクトを購買グループとして捉えられるかどうかは、大型案件を早期に捉えられるかどうかに直結する。
プロジェクトは名刺やフォームからは分からない。営業やインサイドセールスの聞き取り、ニュースやプレスリリースといった外部シグナル、そして「別部門の人たちが同じ時期に同じテーマの資料を見ている」という接点データの関係性から推察するしかない。ここは、後の章で述べるAIによる補完が最も価値を持つ領域である(第5章・第8章)。
4-5. 単位は掛け合わさる ―― 同じ企業の中に、複数の購買グループが同時に存在する
3つの単位は、独立ではなく掛け合わさる。
「海外進出」×「経営企画部」。「◯◯工場」×「製造部」。「関西支社」×「営業部」×「営業支援ツール刷新」。同じ企業の中に、エリア・部門・プロジェクトの組み合わせで定義される複数の購買グループが、同時に存在する。
ここで、自社にとっての最初の設計判断がある。自社の商材は、どの単位で検討されるのか。
本社一括で決まる商材なら、エリアは要らない。単一部門で完結する商材なら、部門で切れば十分である。大型の設備投資やシステム導入であれば、プロジェクト単位を捉えなければ本体の検討に届かない。商材によって、3つの単位のうちどれが重要で、どれが不要かは異なる。全部を精緻に持とうとする必要はない。自社の商材が「どの単位で買われているか」を見極め、その単位を購買グループの定義に採用する。この判断が、以降のデータ設計(第5章)と施策設計(第7章)の粒度を決める。
4-6. 4つの役割 ―― 着火役・旗振り役・門番・金庫番
グループの単位が定まったら、次はグループの中身である。第3章で見た通り、18人の関与者は一枚岩ではない。一人ひとりに、思惑・課題・関心事がある。
しかし、18人をそのまま18通りに扱うことはできない。設計も運用も破綻する。そこで当社は、購買グループの関与者を4つの役割に圧縮して捉えることを提案している。着火役、旗振り役、門番、金庫番である。
着火役は、現状への問題意識を持ち、検討の起点となる人である。Webで調査し、資料をダウンロードし、ウェビナーに参加する――売り手のデータベースに最初に現れるシグナルの多くは、着火役が発している。実務上は、旗振り役の下にいる担当者であることが多い。上司から共有された問題意識をもとに、あるいは自身が現場で感じた違和感をもとに、課題のリサーチを始める人たちである。刺さる情報は課題喚起であり、コンテンツの例は業界レポートや調査データである。
旗振り役は、社内をどう説得するかを考え、検討を推進する人である。着火役に材料を集めさせ、自身も調べ、上に上げていく。旗振り役が探しているのは「社内説得の材料」であり、コンテンツの例は比較資料、導入事例、稟議のテンプレートである。検討が前に進むかどうかの鍵を握るのは、この役割である。
門番は、リスクはないか、要件を満たすかを審査する人である。情報システム部門、法務、購買、あるいは現場の専門家として、比較・リスク情報を求める。「他社ではどうか」「この要件は満たせるのか」「セキュリティは」――旗振り役が金庫番に直接行ければよいが、多くの組織では門番の審査を通らなければ決裁には届かない。コンテンツの例は仕様書、セキュリティ資料、導入要件である。
金庫番は、投資に見合うかを判断し、予算を握る人である。決裁者本人であることも、決裁者の右腕として判断材料を精査する人であることもある。関心は投資対効果に集中する。コンテンツの例はROI試算や料金プランである。
| 役割 | 思惑・課題 | 刺さる情報 | コンテンツ例 |
|---|---|---|---|
| 着火役 | 現状への問題意識 | 課題喚起 | 業界レポート・調査データ |
| 旗振り役 | 社内をどう説得するか | 社内説得の材料 | 比較資料・事例・稟議テンプレート |
| 門番 | リスクはないか・要件を満たすか | 比較・リスク情報 | 仕様書・セキュリティ資料・導入要件 |
| 金庫番 | 投資に見合うか | 投資対効果 | ROI試算・料金プラン |
4役割を並べると、1つのことがはっきりする。同じ商材でも、伝えるべき価値は1つではない。着火役に刺さる調査データは、金庫番には響かない。金庫番が求めるROI試算は、検討初期の着火役にはまだ興味の対象外である。それぞれの思惑・課題に沿って、自社の価値をどう伝えるか――ひとつのパターンで価値は決まらない。この認識が、第6章の価値設計と第7章のタイミング設計の前提になる。
4-7. 自社の商材に合わせて、役割の数を決める
最後に、実務上の留意点を添える。4役割は出発点であり、固定の正解ではない。
商材によっては、門番が実質的に存在しないこともある。逆に、金庫番の手前に「予算部門」と「決裁役員」の二段があり、分けて捉えるべきこともある。ウェビナーでも「4タイプなのか5タイプなのか」という質問を受けたが、答えは、自社の商材と顧客に照らして決める、である。2つでも3つでも5つでもよい。重要なのは、18人を扱える数の役割に圧縮し、役割ごとに価値とタイミングを設計できる状態にすることである。
そのために不可欠なのが、ペルソナの設計――理想の顧客像の言語化である。その人たちがどういう課題を抱え、何に関心があり、どのような価値を求めているのかを、営業とマーケティングが共通の言葉で描けていること。顧客理解と呼ばれるこの営みが、役割の定義の土台になる。役割が見えれば、その人たちがどの部署のどの立場の人かが見え、データベース上でマーキングできる。そこから先のグルーピングは、AIで補完していける(第5章・第8章)。
これで、購買グループの定義は揃った。3つの単位でグループを切り分け、4つの役割で中身を捉える。次章からは実装に入る。まず、このグループがデータベース上で「見える」状態をどう作るか――7ステップの前半、Step1〜4である。
本章の要点
- 購買グループとは「同じ検討に関わる人の集合」であり、1社に1つではない。アカウントの中を検討の単位で切り分ける
- 単位はエリア(拠点)・部門・プロジェクトの3つ。掛け合わさって、同じ企業内に複数の購買グループが同時に存在する。自社の商材が「どの単位で買われるか」を見極めるのが最初の設計判断
- 関与者は着火役・旗振り役・門番・金庫番の4役割に圧縮して捉える。役割ごとに思惑・刺さる情報・必要なコンテンツが異なり、ひとつのパターンで価値は決まらない
- 4役割は出発点であり、商材に合わせて役割の数は変えてよい。土台はペルソナ(理想の顧客像)の言語化である

