GTM ENGINEERING 第3章 / 全8章 読了 約16分 / 9,458字 著者:垣内 良太 SHARE

第3章 GTM戦略の7つの工程――顧客理解から運用・改善まで

3-1 GTM戦略とは、7つの工程すべてを計画すること

GTMGTMGo-To-Market製品・サービスを市場に届けて収益化するまでの一連の設計。日本語圏では Google Tag Manager と略称が重なるため、文脈に注意が要る。用語集で見る →(Go-to-Market)とは、誰に、何を、どの順番で届け、どう収益にするかを決めて実行することである。本書では、その全体を次の7つの工程で捉え、この7つの工程すべてを計画することを「GTM戦略GTM戦略事業を市場に届け収益につなげる営みを、顧客理解と把握・プロセスと目標設計・ツール選定・データ基盤・コンテキスト・施策実行計画・運用と改善の7つの工程で捉え、そのすべてを計画すること。用語集で見る →」と呼ぶ。

  1. 顧客理解と把握――誰に、何を届けるかを決める。戦う市場、狙う企業、購買グループ購買グループユニット企業内部にある検討の単位。所属と行動の同一性から認定する。BtoBの購買は一人では決まらないため、リードではなくこの単位で捉える。用語集で見る →と役割ごとの提供価値、攻める順番を定める
  2. プロセス・目標設計――どの順番で、どう収益にするかを決める。顧客の買い方と自社の売り方を定め、レベニューサイクルレベニューサイクルリード獲得から受注後の拡大・再購買までを、一つながりの循環プロセスとして捉える収益モデル。用語集で見る →、KGIKGI/KPIKey Goal Indicator/Key Performance IndicatorKGIは達成すべき最終目標、KPIはその達成度を測る中間指標。単価と歩留まりが揃うと、積み上げの願望から逆算の設計に変わる。用語集で見る →・KPI、引き渡しの基準、チャネルとデータの要件に落とす
  3. ツール選定――設計を実現できる道具を選ぶ
  4. データ基盤――顧客の情報を一つにし、単一の真実(SSOTSSOTSingle Source of Truth項目ごとに「どこが正か」が一意に定まった状態。全データを1箇所に集めることを意味しない。用語集で見る →)の上に載せる
  5. コンテキストコンテキストその顧客が今どんな状況にあり、なぜそれを求めているのかを説明するための情報。業種や規模と違い一社ごと・一人ごとに異なり、シグナル・自社接点・購買グループを組み合わせて組み立てる。用語集で見る →――シグナルシグナル顧客企業に起きた変化を示す情報。経営方針・組織・キーパーソン・採用・投資と業績・事業・導入ツールと体制・外部環境の変化があり、多くは公開されている情報から得られる。用語集で見る →や接点接点タッチポイント顧客と自社の間で起きる相互作用のすべて。マーケティング接点・営業接点・カスタマーサクセス接点・パートナー接点があり、商談も接点の一つである。用語集で見る →の記録から、いつ、なぜ今かを読む
  6. 施策実行計画――誰に、いつ、どの接点で、何を届けるかを計画し、接点を動かす
  7. 運用・改善――結果を測り、どの工程を見直すかを決めて、次のサイクルにつなげる

07で測った結果は01に戻り、7つの工程は繰り返すほど精度が上がる。GTM戦略は、ターゲットを決めることだけを指すのではない。ターゲットから運用・改善までを、一つのつながった計画として持つことである。

GTM戦略の7つの工程
図3-1:GTM戦略の7つの工程

ところが多くの企業では、ターゲットを決めた後(01)、いきなりツールの導入と施策(06)に進む。その間にあるべき工程――収益までの順番と条件を決めるプロセス・目標設計(02)、その設計を実現できるツールの選定(03)、顧客を一つにするデータ基盤(04)、いつ・なぜ今かを読むコンテキスト(05)――は、しばしば誰の責任範囲でもないまま放置される。ツールは入っていても、設計に基づいて選ばれ、設計どおりに動いているわけではない。

理由は組織構造にある。ターゲットは経営企画やコンサルタントの成果物として納品され、施策はマーケティングや営業の現場が日々のKPIに追われながら回す。だが「決めたターゲットを、どの順番と条件で収益につなげ、それをどうデータモデルデータモデル顧客・案件・活動といった情報を、どの単位でどう持つかの設計。戦略をデータモデルとオペレーションに落とす工程が、伝統的な組織図では誰の担当にもなっていない。用語集で見る →とオペレーションに落とすか」を専門に担う機能は、伝統的な組織図のどこにも存在しない。結果として、ターゲットと施策は互いに接続されないまま並走し、各部門が部分最適に陥った状態で、第1章で述べたサイロ化・非SSOT状態という症状が現れる。

本章では、7つの工程を順に解説する。読者にはぜひ、自社がどの工程を持ち、どの工程が欠けているかを照らし合わせながら読み進めていただきたい。

3-2 工程01 顧客理解と把握――誰に、何を届けるかを決める

工程01の目的は、市場のどこで、どの企業の、誰に対して、どのような価値で戦うのかを決め切ることである。ここが曖昧なまま次の工程に進むと、後続のすべての設計が「なんとなく」になる。この工程は次の順に踏むことで、思い付きではなく論理として構築できる。

(1) 勝因分析:選ばれてきた理由を確かめる

出発点は、自社がなぜ選ばれてきたかを、受注実績から確かめることである。過去に受注した案件と失注した案件を分解し、選ばれた理由と負けた理由を抽出する。社内が強みだと思っていることと、顧客が評価していることは、しばしば違う。受注先・失注先へのインタビューで、その理由を顧客自身の言葉で確かめておくと、以降の分析が希望的観測に流れない。

(2) 環境分析:PEST・SWOT

次はマクロ環境の把握である。PEST分析により、政治・法規制(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)の4視点で、自社の市場に働く外部圧力を洗い出す。BtoBにおいては、業界規制の変化、景気による投資意欲の増減、労働人口の構造変化、そして生成AIのような技術非連続が、顧客の購買行動を根本から変える要因となる。

次にSWOT分析で、自社の強み(Strength)・弱み(Weakness)という内部要因と、機会(Opportunity)・脅威(Threat)という外部要因を整理する。ここで重要なのは、希望的観測を排し、顧客や競合の視点から見た事実を書くことである。「技術力が強み」と社内で信じられていても、顧客がそれを選定理由に挙げていなければ強みではない。(1)の勝因分析が、その事実の裏づけになる。

(3) クロスSWOT:分析を戦略オプションに変換する

SWOTの最大の落とし穴は、「4象限を埋めて満足してしまう」ことである。分析はそれ自体では何も生まない。クロスSWOTは、4要素を掛け合わせて戦略オプションを導出する工程である。

  • 強み×機会(SO戦略):最優先の攻め筋。強みを機会にぶつけて成長を最大化する
  • 弱み×機会(WO戦略):機会を逃さないために弱みを補強する(提携・採用・投資)
  • 強み×脅威(ST戦略):強みで脅威の影響を回避・軽減する
  • 弱み×脅威(WT戦略):最悪の組み合わせ。撤退・縮小も含めた守り筋

この工程を経ることで、「分析結果の羅列」が「取りうる打ち手の選択肢」に変わる。経営が意思決定すべきは、このオプションのどれにリソースを集中するかである。

(4) STP:市場での立ち位置を決める

戦略オプションが定まったら、STPで市場での立ち位置を具体化する。市場を意味のある軸で分割し(Segmentation)、勝てるセグメントを選び(Targeting)、そのセグメントの顧客の頭の中で競合とどう差別化されて認識されたいかを定義する(Positioning)。

BtoBにおけるセグメンテーションの軸は、業種・企業規模といった属性だけでは不十分である。「どのような課題を、どの程度の切実さで抱えているか」という課題軸を組み合わせることで、後述するICPICPIdeal Customer Profile受注・継続の実績から定義される、理想顧客像。ターゲットアカウント選定の基準になる。用語集で見る →の解像度が決まる。

(5) ICP:ターゲットを実務の解像度に落とす

ここまでの工程を、BtoBの実務で使える解像度に落とし込むのがICP(Ideal Customer Profile:理想顧客像)の定義である。STPのターゲティングが「セグメント」を選ぶのに対し、ICPは「企業」を特定できるレベルまで具体化する。

  • 企業属性:業種、規模、売上レンジ、地域、使用テクノロジー
  • 組織状態:抱えている課題、組織体制、変化の兆候(採用動向、投資領域)
  • 購買体制:意思決定者と関与者(DMUDMUDecision Making Unit/意思決定関与者群一つの購買に関わる複数人の集合。購買グループとほぼ同義で用いる。用語集で見る →)、稟議プロセス、予算サイクル

あわせて、狙わない企業の条件(除外条件)も定めておく。

ICPの解像度は、GTM全体の効き目を左右する最大の変数である。「20〜100名規模で、営業部門のデータ活用に課題を持つBtoB SaaS企業の経営者」まで絞り込めていれば後続の設計はすべて具体化するが、「DXに関心のある大企業」のような曖昧さでは、どれだけ精緻なシステムを組んでも機能しない。

(6) 購買グループ・提供価値・攻める順番

ICPが「狙うべき企業」を定めたら、次はその企業の中の、誰に、何を約束するかである。BtoBの購買は一人では決まらない。当社の調査では、1,000万円以上の案件で購買に関与する人数は平均18.3人(中央値5人)に達する(BtoB購買プロセス白書2025)。関与者を着火役着火役現状への問題意識を持ち、検討の起点となる人。Webで調べ、資料をダウンロードし、ウェビナーに参加する。売り手のデータベースに最初に現れるシグナルの多くは、この役割が発している。用語集で見る →・旗振り役旗振り役社内をどう説得するかを考え、検討を推進する人。着火役に材料を集めさせ、自身も調べ、上に上げていく。探しているのは「社内説得の材料」。用語集で見る →・門番門番リスクはないか、要件を満たすかを審査する人。情報システム部門・法務・購買、あるいは現場の専門家として、比較情報やリスク情報を求める。用語集で見る →・金庫番金庫番投資に見合うかを判断し、予算を握る人。決裁者本人のことも、その右腕として判断材料を精査する人のこともある。関心は投資対効果に集中する。用語集で見る →の4つの役割で捉え、役割ごとに提供価値と伝えるメッセージを決める。着火役に響く語り口と金庫番に響く語り口は、まったく異なる。

最後に、攻める順番を決める。ICPに該当する企業すべてに、同じ深さで向き合うことはできない。アカウントを「新規・既存・休眠」と「戦略ターゲット・育成ターゲット・非戦略」の組み合わせで9つに分類するターゲットアカウントターゲットアカウントABMで狙いを定めた企業。選定した「その先」にいる誰に何をいつ届けるかを設計するのが購買グループの考え方。用語集で見る →マトリクスで優先順位をつけ、マーケティングと営業が同じリストで動けるようにする。

購買グループの捉え方とデータでの持ち方は『NEXT CRM Playbook』第5章、ターゲットアカウントマトリクスは同書第3章、役割別の提供価値は『ABM Complete Playbook』第6章で詳しく述べている。

工程01 顧客理解と把握の8ステップ
図3-2:工程01 顧客理解と把握の8ステップ

3-3 工程02 プロセス・目標設計――どの順番で、どう収益にするかを決める

工程02の役割は、工程01で決めたターゲットを、どの順番で、どの部門を経て、受注に至らせるかを設計図に描くことである。誰に、何を売るかが決まっても、それだけでは商談は増えない。建築に喩えれば、工程01が「どんな建物を、誰のために建てるか」の企画書だとすれば、工程02は設計図面にあたる。図面なしに施工(工程03〜05)はできない。

工程02で描くべき設計図は6つある。

①買い方と売り方:購買心理変容購買心理変容8フェーズ買い手の心理が購買に至るまでの変わり方を、8つの段階で捉えたもの。各段階の心理状態・次へ移るきっかけ・売り手のとるべきアプローチを定義し、役割との掛け合わせで「いつ・何を届けるか」を決める。用語集で見る →とGTMモーションGTMモーション市場への届け方の型。インバウンド・アウトバウンド・ABM・PLG・パートナーが主な選択肢で、択一ではなく組み合わせ。ICPと商材特性(単価・購買プロセスの長さ・意思決定の複雑さ)から論理的に導く。用語集で見る →。 収益までの流れを描く前に、その前提を2つ決める。顧客がどう検討を進めるか(買い方)と、自社がどの型で売るか(売り方)である。

買い方は、購買心理変容の8つのフェーズで描く。工程01で定めた購買グループの役割ごとに、現状防衛から決断に至るまで検討がどう進むかを定義し、各段階で「顧客が必要とする情報」と「自社が取るべきアクション」を対応づける。どの段階で人(営業・インサイドセールスインサイドセールス訪問せずに電話やメールで見込み客と接点を持つ営業機能。聞き取りで得た情報は、フォームからは分からない購買グループの手がかりになる。用語集で見る →)の接点が必要かも、ここで特定する。これはカスタマージャーニーカスタマージャーニー買い手が購買に至るまでの道筋を、接点ごとに描いたもの。役割ごとの解像度を持って描くことで、一人の架空の担当者向けではなく、実際の合議に効く設計になる。用語集で見る →を役割ごとの解像度で描くことにあたり、施策の羅列表ではなく、後述するKPIとデータ設計の骨格となる。8つのフェーズの中身と、フェーズごとの施策の設計は『ABM Complete Playbook』第7章で詳しく述べている。

売り方は、GTMモーション(市場への届け方の型)として選ぶ。主要な選択肢は次の通り。

  • インバウンド:コンテンツと検索・広告で見込み客を引き寄せる。ターゲットが数千社規模で、課題が顕在化しやすい商材に向く
  • アウトバウンド:こちらから特定企業に働きかける。ターゲットが明確で単価が高い商材に向く
  • ABMABMAccount Based Marketing/アカウントベースドマーケティング重要なアカウント(企業)を選定し、企業単位で最適なアプローチを設計するマーケティング手法。起点を「個人の獲得」から「企業の選定」へ移す考え方。用語集で見る →(Account-Based Marketing):ターゲットが50社以下など限定的な場合に、企業単位で個別戦略を組む
  • PLGPLGProduct-Led Growth製品自体の無料利用体験を入口にするGTMモーション。セルフサーブで価値を体感できる商材に向く。利用ログを営業シグナルとして使えるかが、データ基盤の要否を分ける。用語集で見る →(Product-Led Growth):製品自体の無料利用体験を入口にする。セルフサーブで価値を体感できる商材に向く
  • パートナー/代理店:商流や地域カバレッジを外部と組んで作る

重要なのは、モーションは択一ではなく組み合わせであり、ICPと商材特性(単価・購買プロセスの長さ・意思決定の複雑さ)から論理的に導かれるという点である。「競合がABMをやっているから」ではなく、「ターゲットが80社しかないからABM」でなければならない。

②レベニューサイクルと体制。 買い方と売り方をもとに、見込み客の獲得から商談、受注、継続までを一つの流れとして描く。これがレベニューサイクルである。マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの4機能(必ずしもこうした部門編成が明確に存在しなくとも、部門や担当をまたいで協業が発生する場合を含む)について、各段階を誰が持ち、何をもって次に渡すのかを定義する。インサイドセールスを置くか、営業とマーケティングが同じアカウントを一緒に動かすかといった体制も、ここで決める。

③KGI・KPIツリー。 受注という最終成果から逆算し、商談数・商談化商談化リードが営業の対応する案件になること。ここで購買グループの関心・懸念が一人分に縮むと、以降の設計が効かなくなる。用語集で見る →率・リード数・チャネル別流入と、階層的に指標を分解する。部門ごとの担当指標と、目標値の根拠、測定方法もあわせて決める。重要なのは、全部門が同じ定義の数字を見ることである。「商談」の定義が部門ごとに違えば、どれだけ計測しても意思決定には使えない。

④引き渡しの基準とSLASLAService Level Agreementリードの引き渡し条件・対応期限・差し戻し基準など、部門間で交わす合意。用語集で見る →。 マーケティングから営業へ、何をどの条件で渡し、渡したあと誰がいつまでに動くか。営業に渡す基準(MQLMQL/SQLMarketing Qualified Lead/Sales Qualified LeadMQLはマーケティングが有望と判定したリード、SQLは営業が対応対象として受理したリード。用語集で見る →・SQL)は、購買心理変容のどの段階で人の接点が必要かをもとに定義する。あわせてSLA(部門間の合意)――「渡されたリードに何営業日以内に対応するか」「どの条件なら差し戻すか」といった約束事――を明文化する。商談ステージも、自社の行動(訪問した・提案した)ではなく、顧客の買い方の段階で区切る。サイロ化の多くは、この合意が存在しないことから始まる。

⑤チャネルの役割分担。 選択したGTMモーションを、具体的な接点に展開する。インバウンドならSEO・広告・ウェビナー・展示会、アウトバウンドならメール・電話・紹介など、ICP・購買グループが実際に情報収集する場所に基づいて、どのチャネルがレベニューサイクルのどの段階を担うかを決め、優先順位と予算配分を定める。個々の施策の計画は、ここではまだ行わない(工程06)。

⑥データ構造の設計。 本書が最も強調したい設計図がこれである。上記①〜⑤のすべては、データの構造が正しく設計されていて初めて計測・運用可能になる。中核となる問いはシンプルだ――「アカウント(企業)」と「ピープル(人)」という2つの基軸エンティティ(データ管理上の中心となる対象。あらゆる情報を紐づける「軸」となる箱と考えるとよい)を定め、あらゆるデータがそのどちらかに紐づくよう関係構造を描けているか。企業と人の関係(所属・役職・購買関与)、活動データが誰に・どの企業に帰属するのか。段階の判定と効果測定に必要な項目、MAMAマーケティングオートメーションマーケティングの実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →・SFASFAセールスフォースオートメーション営業の実行と管理のための業務アプリケーション。用語集で見る →・周辺ツール間の連携要件も、ここで定める。この構造図こそが、次の工程03〜05に引き渡す最重要の設計図となる。

3-4 工程03 ツール選定――設計を実現できる道具を選ぶ

工程03は、工程02の設計図を動かすための道具を選ぶ工程である。対象はMA・SFAに限らない。データ基盤、シグナルを捉えるツール、AIと、選択肢は増え続けている。既存のシステムを棚卸しし、何を残し、何を替え、何をつなぐかを、設計に照らして判断する。

注意すべきは順序である。ツールを導入してから設計を考えるのではなく、設計図があってからツールを選び、実装する。この順序が逆転した企業が、「MAを入れたが配信ツールにしかなっていない」「SFAが入力負担だけの箱になっている」という典型的な失敗に陥る。

そして、この工程で最も本質的なのは、ツールの機能比較よりも「顧客管理の思想」を持っているかどうかである。次の工程04で述べる一意なアカウント/ピープル構造、データが集まる仕組み、SSOT——これらはいずれも、ツールが自動的に与えてくれるものではなく、「顧客をどう捉え、どう管理するのか」という思想があって初めてシステムに宿るものだ。同じMA/SFAを導入しても、この思想の有無で結果は正反対になる。したがって、ツール選定においては「顧客管理の思想を、そのツールで体現・具現化できるか」という視点が欠かせない。

同じことは、導入を伴走するベンダーやパートナーの選定にも当てはまる。ツールの設定を代行するだけの相手ではなく、顧客管理の思想を強く持ち、それをデータモデルとして設計に落とし込める相手を選ぶことが、実装の成否を分ける。ツールは思想を実現する器にすぎず、器だけを立派にしても中身の設計思想がなければ機能しないのである。

3-5 工程04 データ基盤――顧客を一つにし、単一の真実の上に載せる

工程04は、工程02で描いたデータ構造を、実際に動くデータ基盤とシステムに具現化する工程である。多くの企業で最も深刻に欠落しているのがこの工程であり、後章で述べるGTMエンジニアリングGTM EngineeringGo-To-Market EngineeringGTM戦略の7つの工程を、テクノロジーとAIで標準化し、自動化し、精度を上げ続けることで、完遂し、グロースさせる手段。多くの企業で欠けている、ターゲットと施策の間の工程を仕組みにする。用語集で見る →の主戦場でもある。要諦は3つに集約される。

(1) 一意性の担保――SSOTの土台

すべての出発点は、同一の企業・同一の人物が、システム上で重複なく一意に管理されている状態を作ることである。具体的には、法人番号法人番号国税庁が全法人に付番する13桁の番号。企業の名寄せに使える公的キー。用語集で見る →・企業ドメイン・メールアドレスといった一意キーを定め、名寄せ名寄せ同一の企業・人物を指す複数のレコードを特定し、統合する処理。用語集で見る →(重複データの統合)のルールを実装する。

なぜ一意性がそれほど重要なのか。「株式会社ABC」「ABC(株)」「ABC Corporation」が3件の別レコードとして存在した瞬間、その企業のリード数も、接触履歴も、商談状況も、3つに分裂する。集計は信頼を失い、スコアリングは誤作動し、自動化は誤った相手に誤ったメッセージを送る。一意性が崩れれば、その上に築かれるすべての計測と自動化が信頼を失う。

ここでSSOT(Single Source of Truth:単一の真実)という言葉を改めて説明しておきたい。直訳すれば「唯一の信頼できる情報源」である。同じ顧客について、マーケが見るデータ、営業が見るデータ、経営が見るデータが、それぞれ別の場所にバラバラに存在し食い違っている状態——これがSSOTでない状態だ。対してSSOTとは、「この顧客のことは、ここを見れば全部わかる。そして全部門がその同じ一箇所を見ている」という状態を指す。誰かがどこかで更新すれば、全員に反映される。営業が入力した商談メモも、マーケが計測したWeb行動も、同じ顧客の同じレコードに集約されている。この「一箇所に集約され、全員が同じものを見る」状態こそが、正しい意思決定と自動化の土台になる。

重要なのは、SSOTは崇高な理念やスローガンではなく、一意性の担保という地道な技術的実装の積み重ねによってのみ実現するという点である。名寄せルールを設計し、一意キーを定め、重複を継続的に統合する——その先にしか「単一の真実」は立ち上がらない。

(2) データが「集まる」仕組み――入力から集積へ

次の要諦は、発想の転換である。多くの企業はデータ整備を「現場に入力を徹底させること」と捉えるが、人手による入力は必ず漏れ、劣化する。目指すべきは、多様なデータが一意なアカウント/ピープルに自動的に紐づき、蓄積されていく構造である。

そして近年、この「自動的に集まる」ことの現実味は、AIの発展によって飛躍的に高まっている。かつては構造化された入力欄に手で打ち込むしかなかった情報が、いまや非構造の生データから自動で抽出・要約され、正しいレコードに紐づけられるようになった。具体的には——

  • Webサイトの閲覧行動 → 匿名訪問からフォーム入力を経てピープルに紐づく
  • メールの開封・クリック → ピープルの興味関心として蓄積される
  • 商談・訪問の会話内容 → 録音・オンライン会議の記録をAIが文字起こし・要約し、商談メモとして自動記録される
  • 顧客との電話・メールのやり取り → 通話内容やメール文面をAIが解析し、論点・温度感・次アクションを抽出してアカウント/ピープルに蓄積する
  • 名刺交換・イベント参加 → ピープルとして取り込まれ、所属アカウントに接続される
  • 契約・請求情報 → アカウントの取引実績として統合される

かつて「営業が議事録を書く時間がない」「電話の内容は担当者の頭の中にしかない」といった理由で失われていた情報が、AIによって自動的に資産化される時代に入った。「データは入力するものではなく、集まる仕組みを作るもの」——この転換ができた組織だけが、データを意思決定と自動化に使える資産に変えられる。

(3) MA/SFAへの実装

最後に、上記のデータ構造と工程02の設計図(購買心理変容、レベニューサイクル、KGI・KPI、引き渡しの基準)を、MA/SFAという実システムの上に構築する。リードのステージ定義、スコアリングルール、部門間ハンドオフハンドオフマーケティングから営業へなど、部門をまたいでリードや案件を引き渡すこと。条件を決めずに運用すると、取り逃しと差し戻しが起きる。用語集で見る →の自動化、ナーチャリングナーチャリングまだ検討段階にない見込み客と接点を保ち、育てていく活動。用語集で見る →シナリオの骨格、ダッシュボード――設計がシステムの設定として具現化されて、初めて「実行できる状態」が完成する。

SSOTデータモデル:アカウント/ピープルへの集積構造
図3-3:SSOTデータモデル

3-6 工程05 コンテキスト――いつ、なぜ今かを読む

データ基盤が「どの企業の、誰が、どんな顧客か」を一つにする工程だとすれば、工程05は、その顧客になぜ今、自社が話すべきなのかを読む工程である。

BtoBの買い手は、売り手が接触するはるか前から自分で情報収集を進めている。その企業がいま抱えている課題(なぜあなたに)、課題が動き出した兆し(なぜ今)、自社が提示できる解決策(なぜ私たちが)――この3つの根拠(Why You NowWhy You Now「なぜ貴社に(Why You)」「なぜ今(Why Now)」「なぜ私たちが(Why Us)」の3つの問いへの答え。データから導かれる接触の根拠であり、営業を動かすのはリードの数やスコアではなくこの理由である。用語集で見る →)がそろって初めて、接触は売り込みではなく提案になる。

根拠の材料は4つある。Web閲覧やメール反応などの行動データ、商談・訪問・電話といった自社との接点の記録、業種・規模・取引実績などの企業データ、そして求人・組織変更・投資テーマといった公開情報やシグナルである。MA・SFAに蓄積されているのは多くの場合前の2つが中心で、それだけでは「なぜ今か」を語れない。工程05では、どのシグナルを捉え、4つの材料をどう組み合わせて顧客の状況を説明するかを定める。シグナルの設計は第5章で詳しく述べる。コンテキストの組み立て方と4つのデータソースの使い方は、『NEXT CRM Playbook』で詳しく述べている。

3-7 工程06 施策実行計画――誰に、いつ、何を届けるかを計画し、接点を動かす

工程06は、多くの企業が「マーケティング施策」と呼ぶ実戦の工程である。ただし最初にやるのは、施策を打つことではなく計画することだ。工程01のターゲットと工程02の購買心理変容の段階に合わせて年間の施策を配置し、どの施策が、いつ、どれだけ商談と売上をつくるかを、工程02のKGI・KPIから事前に見積もる。そのうえで、コンテンツ(ホワイトペーパー、事例、ウェビナー、調査レポート)の制作と配信、ナーチャリングシナリオの運転、キャンペーンの実施、アウトバウンドの実行に移る。

ここまでの工程を経た実行と、いきなり施策から始めた実行は、外見が似ていても中身がまったく異なる。前者では、すべての施策がICPに向けられ、購買心理変容の上での位置が明確で、成果が一意なデータとして蓄積され、受注まで追跡できる。後者では、施策は打ちっぱなしになり、「何が効いたのか」を誰も答えられない。実行の質は、施策そのものではなく、その上流の工程で決まるのである。

3-8 工程07 運用・改善――測り、どの工程に戻るかを見極める

最後の工程は、この全体を継続的に回す仕組みである。運用面では、データ品質を維持するルール(入力規則、定期クレンジング)、リード管理と部門間ハンドオフの運用体制、そして担当者の異動・退職に耐える文書化と教育を設計する。属人化した仕組みは、作った人の離脱とともに崩壊する。

改善で最も重要なのは、計測の後、どの工程に戻って直すかの切り分けである。

  • メールの開封率が低い → 施策の問題(工程06で改善)
  • リードは取れるが商談化しない → 引き渡し基準やナーチャリング設計の問題(工程02に戻る)
  • 商談化しても受注率が著しく低い → そもそもICPや提供価値の問題(工程01に戻る)

この切り分けができない組織は、ターゲットの問題を施策のA/Bテストで解決しようとして消耗する。逆に切り分けができれば、改善は「施策の改善ループ」から「GTM戦略全体を進化させるループ」に変わる。07で測った結果は01に戻り、7つの工程は回すたびに精度が上がっていく。


ここまでが、GTM戦略の7つの工程の全体像である。そして、聡明な読者はすでにお気づきだろう――この7つの工程、とりわけ02から05を、人力と気合だけで構築し、回し続けることは可能なのか? データは日々劣化し、組織は変わり、市場は動き続ける。この問いへの答えとして登場したのが、次章で解説するGTMエンジニアリングである。

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この本を書いた人

垣内 良太
垣内 良太
ワンマーケティング株式会社、代表取締役。BtoBマーケティングの戦略設計を専門とし、独自フレームワークと豊富な支援実績をもとに再現性ある売上づくりの"型"を提供する。これまで100社超のコンサルティングを実践してきた。登山・トレランが趣味。
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