第9章 まとめと展望――収益の構造を、設計し直す
本書の議論を、3つの命題に凝縮して締めくくりたい。
第一に、問題は戦略でも実行でもなく、その間にある。 多くの企業は戦略を持ち、施策を打っている。成果を阻んでいるのは、戦略を翻訳する「戦術」と、それを具現化する「実装」の欠落である。サイロ化したデータ、重複した顧客レコード、追跡できない施策成果——これらはすべて、その欠落の症状にすぎない。処方箋は、より良い戦略でも、より多くの施策でもなく、間の2層を埋めることである。
第二に、GTM Engineeringは職種ブームではなく、収益構造の再設計である。 CACの上昇、ツールの乱立、物量モデルの限界、生成AIの実用化——4つの構造圧力が重なった今、収益成長のボトルネックは人手ではなくシステム設計に移った。求められているのは、一意なデータ基盤の上にシグナル・AI・プロセスを積み上げ、それを継続的に維持・進化させる「機能」を組織に持つことである。この機能を専任者で持つか、兼任で持つか、外部と組んで持つかは手段の問題にすぎない。
第三に、海外の方法論はそのままでは日本で機能しない。しかし正しく作り替えれば、日本企業にはむしろ勝機がある。 米国のGTM Engineeringは、SDRなどの分業体制、コールドメールを許容する商習慣、英語圏のツール環境を前提に組み立てられている。日本には、営業が一気通貫で担う組織、稟議による合議型の購買、SansanやkintoneといったSaaS環境という異なる前提があり、手法をそのまま持ち込んでも機能しない。必要なのは、日本の前提に合わせた設計のし直しである。そして視点を変えれば、日本企業には固有の武器がある。名刺文化が蓄積してきた質の高い接点資産、法人番号や公的データベースという名寄せの基盤、そして先行市場の失敗から学び、最初から正しい順序——データ基盤から——で構築できる後発の利。GTM Engineeringとは、日本企業がすでに持っている接点と信頼を、データの構造によって収益プロセスにつなぎ直す営みなのである。
400社調査が示した通り、日本のBtoB企業の大多数は「整備の踊り場」——投資はしたが成果に転換できていない段階——に立っている。裏を返せば、間の2層を埋めた企業から順に、踊り場を抜けていく。そしてAIの活用力が土台の成熟度と強く相関する(r=0.71)以上、この差は今後、AIの時代においてさらに拡大していくだろう。
最初の一歩は大きくなくていい。まず、自社の現在地を測ること。次に、アカウントと人の一意性という原則をひとつ確立すること。収益の構造は、そこから変わり始める。
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おわりに
本書で示した方法論は、机上の理論ではない。戦略設計からデータ基盤構築、MA/SFA実装、そして運用まで——「間の2層」を埋める実務を、私たちは日本の大手BtoB企業とともに積み重ねてきた。自社もまた、伝統的な印刷業からデータとデジタルの会社へ構造転換を遂げた当事者である。
GTM Engineeringという言葉は新しい。しかし、それが埋めようとしている欠落は、日本のBtoB企業が長年抱えてきた古い課題である。新しい概念を、確かな実装に。本書がその一歩目の設計図となれば幸いである。

