第3章 なぜ「効いたか」に答えられないのか――3つの欠落
3-1. 犯人は、努力不足ではない
第1章で見た通り、「そのキャンペーンは売上に効いたのか」に答えられないのは、日本企業に限った話ではない。イベント投資のROIを正確に帰属できないと答えるマーケターは、欧米でも86%にのぼる(第1章)。つまりこれは、担当者の能力や努力の問題ではなく、大多数の組織に共通する構造の問題である。
構造の問題であるなら、構造として診断できる。本章では、答えられない原因を3つの欠落に分解する。管理単位の欠落、紐付けの欠落、定義の欠落である。3つは独立した問題ではなく、上流から下流へ連鎖する。単位がなければ紐付けられず、紐付いていても定義が揃っていなければ比較できない。自社がどの欠落を、どの深さで抱えているのか――本章を診断票として読み進めてほしい。
3-2. 欠落①:管理単位の欠落――「どの施策か」を特定できない
第一の欠落は、最も根本にある。費用と反応を受け止める「キャンペーン」という単位そのものが、存在しないか、機能していない。
症状は、次のような形で現れる。
施策の乱立と無秩序。 MAやSFAの中にキャンペーンやプログラムのレコードは大量にあるが、命名規則がなく、「2024展示会」「〇〇展_東京」「テスト」が混在している。誰が作ってよいかのルールもなく、担当者ごとに粒度が違う。あるキャンペーンはひとつの展示会を指し、別のキャンペーンは「メール配信全部」を指す。単位の粒度が揃っていないため、並べても比較にならない。
費用が紐づいていない。 施策のレコードはあっても、そこに費用の情報がない。展示会の出展費は経理の販促費に、広告費は代理店の請求書に、制作費は別の科目に散らばり、「この施策に総額いくら投じたか」を集計しようとすると、手作業の突き合わせが発生する。費用が紐づかない限り、どれだけ成果を測ってもROMIは計算できない。
リファーラルが捕捉されていない。 そして見落とされがちなのが、流入経路の欠落である。フォームからの獲得数は分かる。しかし、そのフォームに人を連れてきたのは何だったのか――検索なのか、メールなのか、広告なのか。広告なら、どの媒体の、どのバナーの、どのキーワードなのか。この手前の経路を記録するには、パラメータの設計と付与の統制が必要だが、多くの組織では担当者任せになっている。付与されていたりいなかったり、表記が揺れていたり("email"と"Email"と"mail"が併存する)、キャンペーン単位と揃っていなかったりする。結果、広告費という最も大きな変動費が、「広告費全体÷全リード数」という粗い平均でしか評価できない。どのキーワードを止め、どのバナーに寄せるべきかという、最も日常的な投資判断に、データが使えない。
この欠落の本質は、記録の器がないことである。器がなければ、この後どれだけ丁寧に運用しても、データは接続不能な形で積み上がっていく。
3-3. 欠落②:紐付けの欠落――データはあるのに、つながっていない
第二の欠落は、単位はあるのに、単位と単位の間の接続が切れているケースである。第1章の「見えない貢献」問題――9割がイベントの貢献を体感しているのに、CRMには記録されていない――の内側にあるのが、この欠落だ。切れやすい接続は3箇所ある。
人とキャンペーンの紐付け。 展示会で交換した名刺がリストとしてMAに取り込まれてはいるが、「どの展示会の名刺か」がデータとして残っていない。オフラインの接点は、どれだけ濃密でも、記録されなければ計測上は存在しないのと同じである。展示会が計測の世界から消えるのは、効いていないからではなく、記録されていないからである。
新規/既存の判定の不在。 人とキャンペーンが紐づいていても、そのタッチが「初めての接点」なのか「既知リードの再反応」なのかが判定されていないケースは多い。判定がなければ、展示会で既存顧客や商談中の相手の名刺を回収するたびに「新規リード獲得」として計上される。獲得数は実態より膨らみ続け、新規獲得単価は実態より安く見え続ける。数字が出ていることと、数字が正しいことは別である。そして水増しに一度気づいた経営層は、以後マーケティングの報告する数字すべてを割り引いて見るようになる。失われるのは数字の精度ではなく、報告の信頼である。
案件と人(とキャンペーン)の紐付け。 最後の接続が最も切れやすい。商談は営業が作る。その商談に、「誰が関与しているのか」(案件と人の紐付け)、そして「起点はどのキャンペーンか」(商談ソース)が記録されていない。営業からすれば、商談作成時にそれらを入力する動機は薄い。結果、マーケティングの世界(リード・キャンペーン)と営業の世界(商談・受注)は、システム上はつながっているようで、データ上は断絶する。BtoBの購買は購買グループ(『GTM Engineering Playbook』『AI Ready Playbook』で述べたRRF:着火役・旗振り役・番人・金庫番)による集団意思決定である以上、案件に人が紐づいていなければ、「展示会で獲得したあの担当者が、この商談の着火役だった」という貢献は、永遠に立証できない。
紐付けの欠落が厄介なのは、悪意も怠慢もなく発生することである。マーケティングも営業も、それぞれの業務は完遂している。ただ、部門の境界をまたぐ紐付けだけが、誰の仕事でもないために落ちる。これは『AI Ready Playbook』で述べた「分業の断絶」のデータ構造版であり、解決には仕組み(第6章)と体制(第8章)の両方が要る。
3-4. 欠落③:定義の欠落――つながっているのに、比較できない
第三の欠落は、最も発見されにくい。単位があり、紐付いてもいるのに、言葉の定義が揃っていないために、集計結果が意思決定に使えないケースである。
ステータスが施策ごとにバラバラ。 ある展示会では「名刺獲得/アポ獲得」、別の展示会では「来場/ヒアリング済/確度A/B/C」、ウェビナーでは担当者ごとに独自のステータス。それぞれの施策の中では管理できているように見える。しかし施策間の歩留まり比較――展示会Aと展示会Bはどちらが質の高い接点を生んだのか――が成立しない。比較できなければ、投資の選別はできない。
MQLの根拠が説明できない。 ステータスの定義がなければ、MQLの判定はスコアの合計点や担当者の主観に依存する。営業に「なぜこのリードを渡したのか」と問われて、「スコアが80点を超えたから」としか答えられない。点数の内訳が行動の深度(ステータス)と結びついていないため、営業は納得せず、渡されたMQLは放置される。『AI Ready Playbook』で指摘したSLA不在の問題は、実はこの定義の欠落と地続きである。
商談ソースの二重定義。 「この商談のソースは展示会」と言うとき、それは「展示会が起点で生まれた(Sourced)」のか、「商談化の過程で展示会も影響した(Influenced)」のか。この区別がないまま各部門が都合のよい方で集計すると、全チャネルの「貢献商談」を合計したら実際の商談数の3倍になった、という笑えない事態が起きる。どちらも正しい指標だが、混ぜた瞬間に両方が無意味になる。
計測期間の定義がない。 展示会の成果はいつまで追うのか。30日で締めれば、検討期間の長いBtoBでは大半の成果が「圏外」になる(第1章)。かといって無期限なら、2年前の展示会に受注が帰属し続ける。期間の定義がなければ、同じデータから正反対の結論が出せてしまい、数字は政治の道具になる。
定義の欠落の本質は、数字はあるのに合意がないことである。そして合意のない数字は、意思決定の場に出た瞬間、解釈合戦を引き起こす。「効いたかどうか」を測るはずのデータが、「効いたと言えるかどうか」の論争を生む――第1章で述べた水掛け論は、こうして再生産される。
3-5. 3つの欠落は連鎖する――だから、設計の順序が決まる
3つの欠落を並べると、依存関係が見えてくる。
管理単位(欠落①)がなければ、紐付け(欠落②)は行き先を失う。紐付けがなければ、定義(欠落③)を揃えても集計対象が存在しない。逆に言えば、修復の順序は一意に決まる。単位を設計し、紐付けを実装し、定義を合意する。この順序を無視して、たとえば「まずアトリビューションモデルを高度化しよう」と連鎖の下流から着手すれば、土台のない計算式が精緻になるだけである。『AI Ready Playbook』で「汚染されたデータの上にAIを載せても幻想しか返らない」と述べたのと同じ論理が、ここでも成立する。
自社の現在地を確かめるために、簡易診断を置いておく。
- 主要な施策すべてに、費用が紐づいたキャンペーンのレコードが存在するか(欠落①)
- 広告経由のリードを、キーワード・クリエイティブ単位まで遡れるか(欠落①)
- 展示会の名刺は、どの展示会かを特定できる形で取り込まれているか(欠落②)
- あるタッチが新規か既存かを、システムが自動で判定しているか(欠落②)
- 商談に、関与している人と起点キャンペーンが記録されているか(欠落②)
- 同じチャネルの施策同士で、歩留まり率を比較できるか(欠落③)
- SourcedとInfluencedを区別して集計しているか(欠落③)
- 施策の成果をいつまで追うか、営業・経営と合意した期間定義があるか(欠落③)
8問中、自信を持って「はい」と言えるのが半分に満たないなら、伸びしろは大きい。むしろ好機と捉えるべきだ。欧米でも完全に答えられる組織は少数派であり、この構造を先に作った企業から、投資効率の差がつき始めている段階なのだから。
次章から、修復の順序に沿って設計論に入る。まず欠落①に対する回答――キャンペーン・リファーラル・新規/既存判定・チャネル別固定ステータスの4層モデルという「設計の型」である。

