第1章 買い手はAIで進化した。売り手は追いつけているか
1-1. 営業が会う前に、勝負は決まっている
当社が2025年に実施した調査(『2025年度版BtoB購買プロセス白書』、全国の仕入・購買・契約関与者600名)は、BtoBの購買プロセスが売り手の想定より早く始まり、早く絞り込まれている実態を示した。
営業担当者との最初の面談時点で、仕入先候補が「ほぼ決まっている」と答えた購買担当者は29.2%、「いくつかの候補に絞り込まれている」は56.2%。合わせて85.4%が、面談の前に選択肢を狭め終えている(n=96)。2020年調査の79%から約6ポイント上昇しており、絞り込みの前倒しは進行中の変化である。営業が最初に会う相手のうち、候補が決まっていないのは7人に1人にすぎない。初回面談は選定の場ではなく、すでに作られたリストを確認・検証する場に変わっている。
では、そのリストはどこで作られているのか。現在取引している企業を初めて知ったきっかけの第1位は検索エンジン(28.7%)である。そして注目すべきは「AI検索・生成AI」がすでに8.8%を占め、専門誌(7.2%)や展示会(6.8%)を上回っている点だ。取引金額300万〜1,000万円の中価格帯に限れば21.7%に達し、既存取引先からの提案(13.3%)を超える(中価格帯はn=83)。AIは、買い手が売り手を知る経路としてすでに機能している。
情報源の変化には方向性がある。「最近利用が増えた情報源」は企業Webサイト19.7%、検索エンジン17.3%、AI検索・生成AI12.3%と、買い手が能動的に取りに行く情報源が上位を占める。一方「減った情報源」は最大でも8.3%で、増減が逆転しているのはDMと電話による売り込みだけである。買い手は情報源を乗り換えているのではなく、積み増している。そして押し込み型の接点だけが縮小している。
これらの数字が示す事実は一つである。買い手は、検索とAIを使って、営業に会う前に自律的に検討を進めている。買い手側の購買行動は、すでにAIを組み込んだプロセスへ移行しつつある。
1-2. 買い手は「一人」ではない
購買の前倒しと並行して、もう一つの構造変化が進んでいる。意思決定の集団化である。
同調査によれば、購買に関わった人数は取引金額300万円未満で平均5.6人(n=387)、300〜1,000万円未満で14.4人(n=93)、1,000万円以上では18.3人(n=120)に達する(中央値はそれぞれ3人・5人・5人であり、典型案件は5人前後、大型案件では数十人規模と読むのが実務的である)。
さらに、同じ社内でも役割によって見ているものが異なる。提案の導入・切替時に重視する項目を役割別に見ると、意思決定者が「製品・サービスの品質」を挙げた割合は45.6%と5つの役割の中で最も低く、代わりに「会社概要・会社の信頼性」が33.3%と最も高い(意思決定者はn=195)。技術的な妥当性を評価する意思影響者と、会社としてのリスクを評価する意思決定者では、同じ提案書が同じようには効かない。
売り手にとっての含意は明確である。接触できた一人のリードに情報を届けても、意思決定の全体には届かない。購買グループの構造——誰が関与し、それぞれが何を見ているか——を捉えられるかどうかが、受注の成否を左右する。そしてこれは、営業個人の努力の問題ではなく、顧客データをどのような構造で持つかというデータ設計の問題である(第4章で詳述する)。
1-3. 売り手のAI導入は進んだ。しかし成果が出ていない
買い手の変化に対し、売り手側もAI導入を進めてきた。導入率だけを見れば、その動きは急速である。
McKinseyのグローバル調査では、88%の組織が少なくとも1つの業務機能でAIを定常的に利用しており(前年の78%から上昇)、マーケティングと営業はITと並んで導入が最も多い業務機能である(出典:McKinsey "The State of AI in 2025" 2025年11月、n=1,993・105カ国)。Salesforceの調査でも、営業組織の87%が見込み客の開拓・売上予測・リードスコアリング・メール作成といった業務で何らかのAIを使っている(出典:Salesforce "State of Sales" 第7版・2026年、n=4,050・22カ国)。AIを使うこと自体は、もはや先進的な取り組みではなく標準になった。
問題は、その先にある。同じMcKinseyの調査で、AIから意味ある事業価値(EBITの5%以上をAIに帰属)を実現できている企業は約6%にとどまる。導入率88%に対し、成果を出せているのは一桁パーセント。この差は、AIツールの性能差では説明できない。
日本の実態:AIを業務に組み込めている企業は4割に満たない
この構造は、日本ではより鮮明に確認できる。当社が実施した『マーケティング組織実態調査2026』(BtoB営業・マーケティング職400名、組織・プロセス・人材・ツールの4カテゴリ・全40問で成熟度を4段階測定)の結果である。
第一に、組織成熟度の全体平均は2.40/4.00。「仕組みに着手したが、まだ成果に転換できていない」整備レベルの入口に、業界全体がとどまっている。最上位の「先進レベル」に到達したのはわずか7.5%——13社に1社である。
第二に、AIを業務に組み込めている企業は37.6%にとどまり、残る62.4%は未活用か個人利用の域を出ない。全40問中、AIリテラシー(2.24)とAI活用(2.33)はいずれも最下位グループだった。
第三に、これが本調査の最も重要な発見である。AI活用の成否は、AIそのものではなく、その下にある組織の土台で決まっていた。 データ・ツール基盤が未成熟な企業のAI活用スコアは1.76、整っている企業は2.89。組織・プロセス・人材の土台とAI活用スコアには強い相関(r=0.71)が確認された。土台が未整備のまま最新のAIを導入しても、個人利用の域を超えない。
先進レベルに到達した7.5%の企業を分析すると、この因果はさらにはっきりする。先進層が全体と最も差をつけていたのは、レポート活用・データ分析・施策の型・MA/SFA連携・人材育成——業界全体が最も苦手とし、後回しにしている項目そのものだった。先進と踊り場を分けているのは才能ではなく、AIが機能する環境を先回りで整えたかどうかである。
海外調査の「導入88%・成果6%」、国内調査の「組み込み37.6%・先進7.5%・相関r=0.71」。二つの独立した調査が同じ結論を指している。AI活用の成否を分けるのはツールの選定ではなく、AIが価値を出せる状態——本書がAI Readyと呼ぶ状態——にデータ・プロセス・組織が整っているかどうかである。
1-4. 営業現場の構造課題が、この差を固定化する
では、なぜ多くの企業はAI Readyな土台を整えられないのか。日本のBtoB企業が抱える構造課題を、同じ『マーケティング組織実態調査2026』のデータから特定する。
課題1:組織が、自社の状態を見えていない
本調査で最も示唆的だったのは、スコアではなく「分からない」という回答の多さである。回答者の58.8%が40問中1問以上で「分からない」と答え、その回答は全体の26.6%を占めた。特にツール・データ・予算といった、仕組みの透明性に関わる領域で高い。
しかも、この見えなさは役職によって非対称である。「分からない」率は一般社員の37.8%に対し、部長職では12.3%まで下がる。一方で評価の厳しさは逆転しており、総合スコアは取締役が2.02と最も辛口、現場の一般社員は2.45と甘い。経営・中間管理職・現場が、それぞれ別の自社像を見ている。現在地の認識が揃っていない組織に、整備の優先順位を決めることはできない。
課題2:マーケティングと営業が、同じ目標を持っていない
組織カテゴリの中で最も低いスコアは「目標共有」(2.31)だった。営業連携・部門連携(各2.59)といった日常の関係性は機能しているにもかかわらず、マーケティングと営業が同じ売上目標を持てていない。
この事実は、序盤で述べた構造——多くの日本企業は営業起点で成長してきたため、リードが「営業の持ち物」として個人に紐づいている——と符合する。目標が分かれている限り、マーケティングがリードを獲得・育成し、確度の高い状態で営業に引き渡す分業は成立しない。リードを持つ営業はリソース不足でフォローしきれず、リードは放置され、死蔵される。そしてこの状態は、AIにとって致命的である。目標が統合されていなければ、AIが最適化すべき成果の定義そのものが組織に存在しない。
課題3:「型」がなく、活動が属人化している
プロセスカテゴリで最も低いのは「リードステージの定義」(2.23)と「実行手順」(2.31)である。平均2.23とは、業界全体が「MQL等の名称はあるが運用は曖昧」という段階にとどまることを意味する。リードの定義が曖昧なまま、施策は毎回場当たりで実行され、顧客情報・商談の経緯・判断の根拠は個人に蓄積されて組織のデータとして残らない。
4カテゴリ・40問を貫く構造は一つに集約される。日本のBtoBマーケティングは「人の頑張りと関係性」で前に進んでいるが、「再現性のある仕組み」と「データ・人材育成」が決定的に弱い。AIは型を学習し再現する技術である。型がなければ、自動化の対象が存在しない。
放置すれば、差は開き続ける
ここまでの事実を並べる。買い手は営業に会う前にAIを使って検討を進め(1-1)、集団で意思決定している(1-2)。一方の売り手は、AIの導入こそ進めたものの、土台の未整備によって成果に接続できていない(1-3)。そしてその土台整備を、自社の現在地が見えないこと・目標の分断・型の不在という三つの構造課題が阻んでいる(1-4)。
なお本調査では、年商499億円以下の企業が成熟度2.0〜2.3で停滞する一方、500億円を境に2.82へ不連続に跳ね上がる断層も確認された。土台の整備は、規模の拡大とともに自然に進むものではない。意図して整えた企業だけが越えており、多くの中堅企業が踊り場に取り残されている。
本書は、この状況を組み替えるための実務書である。レベニューサイクル——マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスを貫く収益プロセス——を、AIが価値を出せる状態に整えるための正しい設定方法を、データ、アーキテクチャ、活用、組織の順に解説していく。まず次章で、レベニューサイクルとは何かを定義するところから始める。

