REVENUE 2026.08.01 読了 約13分 / 6,144字 著者:後藤 高明 SHARE

"Goodbye, MQL"──なぜ「リード」を追うほど受注は遠のくのか。購買グループ起点の収益設計


はじめに

MQLを追えば追うほど、受注が遠のく。その逆説の正体は、BtoBの購買が「グループ」で決まるのに、追いかける設計が「個人」単位になっていることにある。

HOT(見込み度が高い)と定義したはずのMQLに実際に話を聞くと、「情報収集していただけ」という返答が多く、購買の意思決定はまだ動いていない。スコアも行動量も基準を満たしていたにもかかわらず、実態は見込み客の状態になっていなかった、ということだ。

原因はMQLの定義そのものにある。スコアリングが見ているのは「個人の行動量」だが、BtoB購買は平均18.3名のグループが関与する意思決定プロセスだ(ワンマーケティング社購買プロセス白書)。個人を基準にした指標では、グループで動く購買の実態を捉えられない。

この「グループ」を、本記事では購買グループと呼ぶ。1つの商談の意思決定に関わる、着火役・旗振り役・守門役・予算保有者など複数の人物の集合を指す(詳細は次章で解説する)。

購買グループ起点の収益設計とは、リードという個人単位の指標を捨て、購買グループ全体の関与度を軸に、意思決定に関わる複数名に先手で届く収益創出の体制を設計することである。営業・経営を含めた全社の収益構造に関わる話であり、特定の部門だけで完結するものではない。

MQLをやめることが目的ではない。購買グループ全体に届く設計に作り直すことが目的だ。この記事は、そのための具体的な設計論を示す。


1. なぜMQLは受注に繋がらないのか

「情報収集中です」で終わる──MQLアプローチの現実

MQLに連絡を入れても、購買の決定権を持つ人物に行き着かないことが多い。

社内で「そろそろ検討が必要かも」と感じた現場担当が自らリサーチを始めた段階であり、問い合わせや資料請求も個人の情報収集にとどまることが多い。予算も承認権限もなく、商談を動かす決定は別の人間が下す。

自社のRRF(レベニュー・ロール・ファインダー)フレームワークでは、BtoB購買に関与する人物を4タイプに分類する。

  • Signal Catcher(着火役):情報収集・課題発見
  • Mission Driver(旗振り役):社内推進・予算承認
  • Deal Gatekeeper(守門役):意思決定・承認
  • Budget Holder(予算保有者):最終承認・予算管理
購買グループの4タイプ(着火役・旗振り役・守門役・予算保有者)と、営業がアプローチできるMQLの多くは着火役に限られることを示したフレームワーク図
購買グループの4タイプ(着火役・旗振り役・守門役・予算保有者)と、営業がアプローチできるMQLの多くは着火役に限られることを示したフレームワーク図

営業が連絡できるMQLの多くは「Signal Catcher」だ。情報収集が役割であり、社内を動かす権限はない。Mission Driver・Deal Gatekeeper・Budget Holderには、営業の連絡はほとんど届いていない。スコアが高くても商談化しない理由はここにある。追っている人が、決める人ではないのだ。

MQLが「個人」を追わせてしまう構造的欠陥

MQLという指標の設計自体に問題がある。スコアリングは、閲覧・開封・ダウンロードといった個人の行動量を基準にしており、その行動はすべて「リード」という個人単位のレコードにCRM上で紐づけられる。

しかしBtoBの購買意思決定は、個人ではなくグループで行われる。Gartnerの調査でも、エンタープライズ案件の購買委員会は平均11名に達しており、複数人が関与する構造は業界を問わず共通している。

この人数のうち営業がスコアリングで追えるのは、データベースに登録されている数名だ。残りの購買関与者は、MAにも、CRMにも、存在しない。

Forresterが宣言した「Goodbye, MQL」の本質

2025年、Forresterは「Goodbye MQL」を公式に宣言した。概念論ではなく、実装の転換を求める宣言だ。

根拠は数字に表れている。商談に購買グループのメンバーを3名以上引き渡すと、「ミーティングから受注」への転換率は50%向上する(Forrester)。さらに、68%の購買グループは正式な評価プロセスが始まる前に発注先を決めており、その最終受注確率は80%に達する。MQLが手を挙げてから営業が動き出す設計では、すでに遅い。

Forresterが提唱するB2B Revenue Waterfall(旧:Demand Unit Waterfall)は、この遅れを正すための設計図だ。「リード」ではなく「購買グループへの関与度」を軸に、複数の意思決定者をまとめて商談として管理する。次章では、営業がそもそもグループ全体に届かない理由を見ていく。


2. 「ハウスリスト限界」という壁

購買グループ18.3名のうち、営業が知っている人は何人か

では実際に、営業のハウスリストにはその企業の何名が登録されているだろうか。

多くの場合、1社あたりの登録コンタクト数は1〜3名だ。情報収集した担当者や、過去のウェビナー参加者など、自ら手を挙げた人物に限られる。残りの15名以上は、営業には見えていない。

この「見えていない15名」の中に、Mission Driver(旗振り役)やDeal Gatekeeper(守門役)がいる。MQLへのアプローチがいくら丁寧でも、意思決定者への接触なしには商談は動かない。

営業のハウスリストで接触できている1〜3名と、見えていない15名以上の購買グループ全体を対比した図
営業のハウスリストで接触できている1〜3名と、見えていない15名以上の購買グループ全体を対比した図

接触する人数が受注率を3倍変える

1社内の複数の関係者に同時にアプローチすることが、受注率を大きく左右する。

Gartnerの調査によれば、購買関与者を6名以上把握して商談を進めた場合の受注率は34%に達する。3名未満にとどまった場合は11%だ。同じ案件でも、アプローチした人数によって受注率が約3倍変わる。

Gong Labsの分析も同じ方向を示す。$50,000以上の案件で担当者1人ではなく社内の複数の関係者に同時にアプローチした場合、受注率が130%向上する。受注した案件で接触していた相手の人数は、失注案件の2倍に達している。

相手から手を挙げてくれた人にしか連絡できない設計では、社内の複数人へのアプローチは構造的に難しい。

購買の候補リストは、営業が知らない人によって作られる

購買グループが「そろそろ検討しよう」と動き出した最初の時点で、候補ベンダーのリストを作る。6senseが約4,000名のB2Bバイヤーを対象に行った調査によれば、最終的に選ばれたベンダーの95%が、この「最初の候補リスト」に入っていた。さらに、最終受注ベンダーの85.5%は「検討が始まる前から何らかの接点を持っていた」。候補リストは「そのベンダーをすでに知っている人」によって作られる、ということだ。

ここにハウスリスト限界問題の本質がある。営業が接触できるのはすでにデータベースに登録されている人だけだが、候補リストを作っているのはまだ登録されていない人たちであり、ハウスリストを広げない限り候補リストに入ることはできない。

では、どうやってハウスリストの外に先手を打つのか。次のセクションで設計論を示す。


3. 購買グループを「既知」と「未知」に分けて設計する

1名が反応したら、社内の残り17名を探しに行く

ハウスリスト限界を越える第一歩は、「1名のMQL」を起点に、社内の別の関係者へ広げることだ。

ある企業から1名がセミナーに参加したとする。その人物がSignal Catcher(着火役)であれば、同社にはMission Driver(旗振り役)、Deal Gatekeeper(守門役)、Budget Holder(予算保有者)がまだ未接触の状態だ。4タイプのうち誰がいて誰がいないかを確認し、欠けているポジションへの接触を設計する。

具体的には、既存コンタクトへ「社内で予算や意思決定に関わる方をご紹介いただけますか」と直接依頼する、LinkedInで同じ企業の別の役職者を特定して接触する、Mission Driver向けのコンテンツを送付し社内転送を促す、といった方法がある。

縦に深く掘るだけでなく、横に広げる動きがなければ、ハウスリストの壁は越えられない。

「検討が始まる前」に動くための行動シグナルの活用

既知の人への横展開だけでは、まだハウスリスト内に縛られている。根本的な解決には、まだハウスリストに入っていない企業の「検討の気配」を早期に察知することが必要だ。

企業が検討を始めると、関連キーワードの検索や競合サイトの閲覧、業界メディアの購読など、社員の行動に変化が表れる。こうした「検討の気配を示す行動シグナル」を収集・分析するツールが普及しており、6sense・Demandbaseなどが代表的だ。

たとえば「購買グループ設計」「MA SFA連携」といったキーワードを調べている企業が検知されたとする。その企業がハウスリストに入る前に、先手でアプローチを開始できる。検討が始まった瞬間に接触できれば、最初の候補リストの中に入れる可能性が高まる。

こうしたツールがなくても、自社サイトへの訪問企業データやLinkedInの閲覧通知など、低コストな行動シグナルを起点にできる。重要なのは完璧なシステムではなく、「気配を察知して先に動く」という発想だ。

知らない人を引き込む「役割別コンテンツ」の設計

行動シグナルの活用と並行して、コンテンツ設計の転換も有効な手段だ。

MQL狙いのコンテンツは、情報収集をしている現場担当者(Signal Catcher)に向けて設計されることが多い。しかし購買グループには4つのタイプが存在し、それぞれが求める情報は異なる。

以下はあくまで一例だが、役割ごとの関心事とコンテンツの方向性を整理するとこうなる。

役割 関心事 刺さるコンテンツ
Signal Catcher(着火役) 「これは何か」「どう使うか」 入門解説・テンプレート・実践ガイド
Mission Driver(旗振り役) 「なぜ今やるか」「社内をどう動かすか」 経営インパクト・業界トレンド・導入事例
Deal Gatekeeper(守門役) 「リスクはないか」「前例はあるか」 導入実績・比較資料・リスク対策
Budget Holder(予算保有者) 「費用対効果は」「投資回収は」 ROI試算・エグゼクティブサマリー

Signal Catcher向けのコンテンツだけを作り続けていると、他の3タイプは自社の存在を知らないまま候補リストを作る。4タイプそれぞれに向けたコンテンツを用意することで、まだハウスリストに入っていない意思決定者が自社コンテンツに触れる接点が増える。

既知ネットワークの社内横展開と未知ネットワークの行動シグナル・役割別コンテンツという2方向から購買グループ全体にアプローチする図
既知ネットワークの社内横展開と未知ネットワークの行動シグナル・役割別コンテンツという2方向から購買グループ全体にアプローチする図

「既知の人から横展開」「行動シグナルを察知して先手で接触」「役割別コンテンツで引き込む」の3つを組み合わせることで、はじめて購買グループ全体へのリーチが現実的になる。これが整ったうえで、次のステップとして取り組むのがCRMとKPIの転換だ。


4. CRMの設計とKPIを転換する

MAとCRMの管理単位を個人から企業・グループへ変える

購買グループ全体にアプローチするには、MAとCRMの設計そのものを変える必要がある。

現在の多くの組織では、MAは「個人の行動スコア」を積み上げ、一定スコアに達した人をMQLとして営業に渡す。CRMには「リード」という個人単位のレコードが並ぶ。これは「個人が購買を決める」という前提で設計された仕組みだ。

購買グループ起点の設計では、MAの役割が変わる。個人のスコアではなく、「1つの企業全体として、どの程度検討度が高まっているか」をアカウント単位で集計する。1名しか行動していなくても、その企業の複数名が並行して動いていれば、購買グループとして動き始めているサインだ。

SFAも同じように変える。1人のリードに1つの商談をひもづける設計から、1つの商談に複数の購買グループメンバーをひもづける設計へ移行する。誰が着火役で誰が意思決定者か、商談ごとに購買グループの全体像を可視化することが目的だ。

MQL中心のCRM設計(営業接触者1名を追跡)から購買グループ全員を管理するAfterの設計への転換を示した図
MQL中心のCRM設計(営業接触者1名を追跡)から購買グループ全員を管理するAfterの設計への転換を示した図

「MQL処理数」から「何名に届けられたか」に指標を変える

管理単位が変われば、追うべき指標も変わる。

MQL中心のKPIは「今月何件のMQLを営業に渡したか」「そのうち何件が商談化したか」という個人単位の件数だ。MQLの数を増やすことが目標になり、購買グループ全体への到達は測られないままになる。

以下はあくまで一例だが、購買グループ起点で追いたい指標の方向性はこういったものになる。

  • 1社内の接触者数:同じ企業で何名と実際に会話できているか
  • 役割カバー率:着火役・旗振り役・守門役・予算保有者の4タイプのうち、何タイプに接触できているか
  • アカウント関与スコア:個人の行動スコアの合算でなく、企業全体としての検討度合い

MQL数を一切追わなくていい、ということではない。ただし「1社内で何名の意思決定者にリーチできているか」を合わせて測ることが、購買グループ起点の設計への第一歩になる。

日本の稟議構造を購買グループ設計に活かす

購買グループを可視化するうえで、日本特有の商慣習である稟議を活用する方法がある。稟議書には起案者・承認者・決裁者の名前が記載され、その案件に関わる購買グループの全容を示すドキュメントになっている。

営業が商談の早い段階で「もし社内で進めるとすれば、稟議書にはどんな方が関わりますか?」と聞けるようになると、購買グループのマッピングは大きく前進する。この一問が、RRFの4つの役割を特定する最短の入口になる。

稟議の構造は企業によって異なるが、外資系のフレームワークをそのまま使うより、稟議という日本の商慣習に寄り添って設計する方が実装の現実に近づく。

管理単位の転換・KPIの転換・日本型の商習慣への落とし込み。この3つがそろってはじめて、購買グループ起点の収益設計は組織として動き出す。


まとめ

MQLを追うほど受注が遠のく。その逆説の構造はシンプルだ。BtoB購買は個人でなくグループで決まるのに、追いかける設計がいまだに個人単位のままだからだ。

この記事で示した方向性を整理すると、次の3つになる。

  1. 営業の接触先を1社内の複数人へ広げる:着火役だけでなく、旗振り役・守門役・予算保有者にも届ける設計にする
  2. ハウスリストの外に先手を打つ:行動シグナルの活用と役割別コンテンツで、まだ登録されていない意思決定者への接点をつくる
  3. CRMとKPIを個人単位からグループ単位へ転換する:「1社内で何名に届けられたか」を追う設計に変える

MQLをゼロにする必要はない。ただし、個人の行動量だけを追い続ける設計のままでは、購買グループへのリーチは構造的に難しい。

設計を変えるための最初の一歩は、現在地を把握することだ。


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この記事を書いた人

後藤 高明
後藤 高明
2007年入社。BtoBマーケティングでMA/SFA運用に携わり、現在はデマンドジェネレーションチームのインサイドセールスとして顧客エンゲージメント向上を推進。2026年よりHubSpot専任アドバイザーとして顧客課題の解決策をご提案。
出典情報の詳細
  • ワンマーケティング社購買プロセス白書(平均18.3名)
  • Forrester B2B Revenue Waterfall(転換率+50%・68%事前決定・80%受注確率)
  • Gartner(購買委員会平均11名・6名以上で受注率34% vs 3名未満11%)
  • Gong Labs($50,000以上案件・受注率130%向上・接触者数2倍)
  • 6sense Buyer Experience Report(4,000名調査・95%が最初の候補リスト・85.5%が事前接点)
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